2件目のマイホームを建てようと
決めたきっかけは娘の
予知夢?からでした。



当時一年生の娘
真夜中にぎゃーーーー!!!と
大声で叫びながら飛び起きて
パニックになっていました。

息ができないくらい、涙をボロボロと
流して、泣いて震えながら
私にしがみついていいました。

「みんなおらんくなるの?」




なんか、怖い夢でも見たんだろうと
その時はあまり気にせずに
背中トントンとしながら落ち着かせました。

その日の朝、
「学校に行きたくない、
お母さんと一緒におりたい」

と泣いてきました。

そんなことを
言ってきたのははじめてだったので
理由をきくと、夜中にみた夢の話を
詳しく話してくれました。








また涙が溢れて、声を震わせながら
説明してくれる娘の話は、
作り話ではないということはわかりました。

話しながら思い出してしまったようで
また涙がとまらなくなって、
不安でいっぱいな表情で私に聞いてきたんです。

「お母さん、地震と津波がきても
みんな助かる?」

私は何も答えることができませんでした。




✔︎ここに引っ越す前は、ハザードマップでみると
がっつり警戒区域にかかっているエリアでした。

✔︎一年生の娘が歩いて学校にいくまで
40分くらいかかる辺鄙なところ。

✔︎大雨の時には氾濫する川が
通学路のすぐそばを流れている。

✔︎災害がおきたときは
まず連絡が取れなくなる
→ 家族の居場所が確認できなくなる

✔︎下の子の幼稚園は車で20分以上かかるところに
通ってるため、車が使えない状況になると迎えに行けない

✔︎家に行くまでの道路は、ところどころ
陥没してる所もあり地震がきたら
この道はどうなるんだろうという不安

✔︎もしも、子どもたちみんな家にいたとしても
まだ幼い子ども達5人をつれて
避難所にいくのは現実的ではない

✔︎一時的な避難はできたとしても、
次にくる南海トラフは想像を遥かに超える
大きな規模の地震と言われていて、
復旧までどのくらいかかるかわからない。

✔︎必要最低限の避難グッズを揃え、
1週間の飲み物、たべもの等、荷物をまとめると
なんと、一人当たり10キロをこえるとか。
10kg×7人=70kg!
下2人の子ども達を抱き抱えるだけで
精一杯だと思いました。

✔︎もしも、
それで生き残れたととしても
その後にまってるのは餓◯!?

✔︎避難バッグがばっちり準備できていたとしても
地震は家にいる時に起きるとは限らない。
職場かもしれないし出先で起きた場合、
家に戻ることができなければ
何の意味もなくなります。

娘のおかげで
真剣に災害について備えようと
おもえるきっかけになりました。

次回につづく

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最近
絵本作家ののぶみさんも
ひすいこたろうさんも
YouTubeでこの件についてあげられています。





信じるかしんじないかは
あなた次第。