こんばんは
Naturel Chamラボ
伊桐 和代(Kazuyo)です
学生のころから歴史は苦手で![]()
アロマテラピーを学び始めたとき、学生の頃の苦手意識から
覚えられない・・・・と思い込んでいたんです
教科書や本を読んでるだけでは
なかなか頭に入ってこなかったのは事実として…![]()
学生のころと違ったのは
自分で自分が分かりやすいようにまとめる
この作業が上手になっていました
人は成長する生き物ですね![]()
【アロマテラピーの歴史】
古代~中世

(ことばの広場より画像をお借りしました)
そもそも歴史が苦手な私
日本で言うと・・・・古墳・飛鳥・奈良・平安 ~ 鎌倉・室町 このあたりの時代らしい
(ここからつまづいた
)
で、
アロマテラピー的に言うと・・・・BC3000年(紀元前3000年) ~AD12世紀(紀元後1101~2000年まで)
イエスキリストの誕生より前を紀元前、誕生した後を紀元後と言います
*紀元前3000年頃*
没役:(ミルラ)カンラン科の植物で樹脂から抽出されます。学名Commifhora molmol(コンミフォラ モルモル)。インド・ソマリア・エチオピアが原産地です
*紀元前1500年~1000年頃*
古代インド・・・・・インド、スリランカを中心に現在も受け継がれている伝統療法がアーユルヴェーダです
「Ayus(生命)」「Veda(知識)」からの造語です。医学のみならず宇宙・自然観を含む哲学でもあり、具体的な生活方法も含んでいる
(瞑想やヨガ、オイルマッサージ、呼吸法、ハーブを用いた食事療法などで、毎日の生活に取り入れて、人間の生理機能のバランスを整え、病気の治療・予防および健康増進を図る)
医学の始まりはここから
*紀元前460年~375年頃*
古代ギリシャ・・・ヒポクラテス「医学の父」
医学者ヒポクラテスはこれまでの呪術的な手法と切り離し、医師の経験や症状の観察を重視し病気を科学的に捉え、西洋医学の基礎を築き「医学の父」と呼ばれています(ヒポクラテス全集)
治療薬には芳香植物を生のまま、もしくは乾燥させたものを焚いて燻蒸することが治療のひとつとして紹介されています
*紀元前373年~287年頃*
古代ギリシャ・・・テオフラストス「植物学の祖」。「植物誌」。哲学者。
哲学者テオフラストスはアリストテレスの弟子。植物を科学的に分類し、著書の「植物誌」には500種にも及ぶ植物が記載されている
「植物誌」には香料の調合、製造、使用方法にも触れられ、当時は芳香植物をすりつぶして粉末にしたもの、ワイン・オリーブ油などに漬け込んで香りを移したものが中心でした
*紀元1年~6世紀頃
古代ローマ・・・・プリニウス「博物誌(Historia Naturalis)」。博物学者。(23年~79年)
自然に関する当時の知識、情報の集大成で植物や植物薬剤について広く言及されている
古代ローマ・・・・ディオスコリデス「マテリア・メディカ(薬物誌)」。複写本「ウィーン写本」。(40年~90年)
医学者のディオスコリデスは皇帝ネロ統治下のローマ帝国内で軍医として働き、自らの観察によって得た知識を「マテリア・メディカ(薬物誌)」にまとめた
「マテリア・メディカ(薬物誌)」には薬600種の植物が収載され植物の生育地や効能、薬としての調合方法などが記されます
「ウィーン写本」には400枚の彩色された植物画が添えられています
古代ローマ・・・・ガレノス(ギリシャ人)。医学者。「ガレノス製剤」「コールドクリーム」。(129年~199年)
「コールドクリーム」を始めとする植物や自然素材を用いた製剤を作り「ガレノス製剤」と呼ばれた
ヒポクラテス医学を基礎とし、体系的な学問としての医学を築き上げました
人体解剖は行わなかった
古代中国・・・・「神農本草経」(2~3世紀)
「マテリア・メディカ」と並んで有名な西洋の薬草学書
陶弘景によって再編された「神農本草経集注」 (456年~536年)
神農とは中国の神話に出てくる農業神でしたが、漢の時代に中国太古に伝説上の皇帝・炎帝とされるようになった
この本草学は中医学・漢方として確立された
まとめ方は人それぞれ
これからアロマテラピーを学ぼうとしている方の参考になればと思います![]()
次回【アロマテラピーの歴史②】につづく・・・
