最近、HELLSINGの一挙放送をやっていたのでこの機会に見てみました。以前から友だちに勧められてはいたのですが、1話50分の12話と少々長めなのでなかなか見れずにいたのです…

結論から言うと、最高に面白かったです!!良い意味で中2に吹っ切れてました!昨今のアニメでは過小評価されすぎているハイスペック主人公が流行りですが、この作品の主人公は単純にクッソ強いですwピンチと思われる瞬間が全くない作品でした。
あらすじをざっくり説明すると、英国の特務機関ヘルシングとそれに所属する最強の吸血鬼アーカードと、その眷属となった婦警セラスがナチスドイツの残党やバチカンのカトリックと戦う話ですね。
この話では三人の化け物が登場します。
1人はほぼ無限の命のストックを持ち、力を解放すると犬などの使い魔が出せるアーカード

2人目はそのアーカードとほぼ互角に戦える人間であるアンデルセン神父

そして3人目はずば抜けたカリスマ性と指揮力を持つナチスの少佐

今回話したいのはこの少佐についてです。物語の終盤に追い詰められた少佐は88mm砲でぶち抜かれます。そこで初めて少佐は脳以外が機械であるということが判明するのです。
それを見たインテグラは少佐のことを「化け物」と呼ぶのですが少佐は自分のことを「人間だ」と言います。いわく、「意志さえあればそれは人間だ」というのです。
ここで話は全く変わるのですが、皆さんは「テセウスの船」というパラドックスをご存知でしょうか?

ある船を保存するにあたって、老朽化した部分を付け替えていたら最終的にすべての部品を代えることになった。この時、この船は元の船と同じと言えるのだろうか?というものです。
僕はこの言葉が大好きで、いろいろな出来事に当てはめて考えることがあるのです。
例えば、教育についてもそうです。もともといた純粋無垢な子どもが、家族や学校の友だち、先生、テレビ、インターネット…あらゆるものの影響を受けて成長し大人になった時に、その人間は元の子どもと同じなのか?と考えるのです。
話は逸れましたが、ここで少佐の話に戻ります。全身を機会に代えて、それでもなおその意志だけは元のままの少佐。彼は果たして彼の言う通り人間のままなのか、それともインテグラの言うように化け物なのか。
これについて僕は「少佐は人間だ」と考えます。なぜなら少佐には意志が残っているから。テセウスの船でいうなら、1番大事な部品がまだ残っているからです。
人物をその人物たらしめるものは何か。
見た目でしょうか?それなら整形した人やダイエットに成功した人はどうなるのでしょう。
性格でしょうか?おとなしかった子が数年後に会った時によく話すようになることもあります。その逆も然り。
顔が変わろうと性格が変わろうと変わらないもの、それは意志、つまり考え方ではないかと思うのです。
その点において少佐は人間のままであり続けたと考えてみました!
とても面白い作品でしたので是非一度見てみてください(^O^)/