来年5月に、裁判員裁判が始まります。
法務大臣が「サイバンインコ
」とか言って喜んでいるようですが
、
まあ、そんなことはさておき、この制度、私が思ってたよりは、結構、
すでに所期の目的をあげているのでは?、なんて思ったりしています。
最近、大きな刑事事件があると、テレビのコメンテーターとかが、
「来年から裁判員制度が始まると、こういうの、私たちがやるんでしょう?
できますか~、おくさん?」
とか言っています。
今までなら、わるい奴がいるもんだとか、こんなの死刑にしてしまえとか、
警察はなにやってんだとか、いろいろ批判ばかりしていたわけですが、
「自分なら、どう裁こう?」と考えるって、司法改革の目的としたところですよね
。
司法制度改革の意見書では、
「国民の一人ひとりが、統治客体意識から脱却し、自立的でかつ
社会的責任を負った統治主体として、互いに協力しながら自由で
公正な社会の構築に参画し、この国に豊かな想像性とエネルギーを
取り戻そうという志・・・。」
がいろんな改革の共通の底流だと指摘しています。
要するに、人に治めてもらうのはやめて、みんなで一緒に自分たちで
治めましょうってことですが(大雑把すぎるかしら)、最近、上のような
テレビを見るにつけ、裁判員制度も悪くないじゃない?と思い始めています
。
まあ、実際に始まるといろいろ批判されるでしょうけど、
反対している弁護士会もある一方で、楽しみにしている弁護士もいるってことで![]()