この前、Mさんやとんすけ君らに指摘されたことですが、

このブログ、「誰かに読まれることを意識して書いている。」のです。

ホントに。


でも、たまには独り言でいいかという気もするので、

今日は、独白タイム。誰に見られるでもなく、小難しいことを

自分の思うがままに書いてみたくなりました。



さて、



今日、NHK教育を見ていたら、爆笑問題が東大・教養学部で

東大の教養とは何かということを議論する番組に出ていた。


私が駒場にいた頃に講義を聞いた認知心理学の教授も出ていて、

当時、喜んで聴講した科目の一つだけに、懐かしさがこみ上げてきた。


前にもOn Campus についてブログで書いたが、あの頃は、

知の端境期とでもいうべき時期であり、日本中から教養学部が姿を消していく中、

東大だけが、真の教養は、教養学部においてこそ身につくのだと

意気込んでいた時期であった。

何かといえばパラダイム転換が叫ばれ、既存の考え方について、

徹底した見直しが要求されていたように思う。


いまだに私の頭には、



「etymologyを欠くな。」



という考え方がこびりついているが、

このような考え方も、この時期の駒場に身をおかなければ、

身に付かなかったのかもしれない。


この etymology を欠くな、という態度があったからこそ、合唱サークルで、

伊勢志摩や宇宙戦艦ヤマトといった大曲を曲りなりにも指揮できたのだと思う。

「合唱」や「歌」といったことに、のめり込んだのも、あるいは、

伊勢志摩一つのために、ニーチェにまでたどり着いて

「神は死んだ」のではなく、「殺された。」のだなどと、

当時流行った「もののけ姫」の主題である、宮崎駿ばりの言辞を弄したのも、

若い頃の、このような基本的な態度によるところが大であったと思う。



教養か専門かについては、二つの行き方があったように思う。



一方で、東大・駒場において行われていたように、

「知のカタログ」を整備し、幅広い文字通りの「教養」を身に付けようとの行き方。


他方で、全国の大学がこぞって教養学部を廃止したように、

若いうちから、早い段階から、「専門性」を身に付けさせようとする行き方。



そのいずれが正しいのか、私には分からないが、

今、この時点で、「教養」に主題をおいた番組が制作されていること自体、

「教養」を置き去りにしてきたことの反動ではないだろうか。



道は往々にして中庸にある、とは故田宮裕博士の論文で読んだ言葉だが、

教養も専門も、そのバランスをとらなくてはならない。

ただ、三谷太一郎教授によれば、戦前の日本が軍部の独走を抑制

できなかったのは、健全な generalist 不在の社会を構築してしまったことに

あるということであるから、我々弁護士のようなプロフェッショナルな仕事を

していても、教養にはもう少し重きを置いて、常に注意を払うことが

必須なのだろう。



とはいっても、法律以外の分野の教養知識を常に身に付けておくことは

ここのところ、とみに難しい状況にある。



そこで、大いに教養を身に付けておられたであろう、

團藤重光博士の次の本を久しぶりに紐解いた。



団藤 重光
法学の基礎
博士の本は、書き始めの時点から終わりを常に意識されているので、
この本の最後も

da capo!



で終わっている。


法を学びながら、合唱をやっていたことが案外、

私の稚拙な教養を支えていたのかもしれない。