今日は、朝からいい天気で快適なチャリ通日和でした![]()
でも、昨日の雷雨のおかげでマイチャリを事務所付近においてきたので、
朝は地下鉄。チョット、楽しみ半減の一日でした。
今日は、少し早めに帰宅して、テレビを見ていました。
TBSの番組ですが、瀬戸内寂聴さんのコーナーの名前が
「冥土の土産」
って、失礼だなあ。
でも、これ、つい「ニヤッ」って笑っちゃいますよね
。
そこで話題になっていたのですが、最近の「先生」って
「仰げば尊い」って感じがしなくなったと。
自分の教わった先生を省みると、いい先生が多かったし、
先生の前では礼儀正しくしようという気持ちになったもの。
今の学校の先生は、生徒と友達みたいな関係ではあっても、
尊敬の対象になるということが難しくなっているのかもしれません。
こういう動きの早い時代に先生方も大変だとは思うのですが・・・。
かくいう私たち「弁護士」も「先生」と呼ばれる職業。
とはいっても、都合のいいときだけ「先生」と呼び、何か問題があると
「あなた」とか「弁護士さん」とか態度を急変させるお客さんもいて、
ホントに「先生」と言ってくれる人は、それほど多くはありません。
仲間内で、「先生」と呼び合っているのは、さすがに私たちでも違和感が
ありますし、友達の弁護士を「先生」と呼ぶときは何か良からぬことを
たくらんでいる時のことが多いのですが(私だけかな?)、自分のことを
「先生」と呼んでほしくないという若い弁護士も増えているやに聞きます。
これも、「先生」として崇め奉られることを敬遠してのことでしょうか。
以下は、まったくの個人的な意見ですが・・・。
熟練の弁護士さんは人間的にもまさに「先生」という感じの方が
いらっしゃるので、こういう方は「先生」と呼ぼうが「○○さん」と呼ぼうが、
そんなのどっちでもいいのかもしれませんし、
ご本人がそんなことを気にしません、たぶん。
でも、若い弁護士さんが、最初から「○○さん」と呼ばれたりすると、
責任感が身につかないようで、ちょっと心配。
たまに見かける若い弁護士さんで
「それで、僕はどうしたらいいんでしょう?」
とお客さんなどに語りかけている弁護士を見るにつけ、
「おいおい、君はそれを考えることで高い報酬もらってるんじゃないの?お客さんは、どうしたらいいかを君に聞きに来てるのよん。」
と、こっちまで恥ずかしくなってしまいます(/ω\)。
「お客さんのためにお客さんの考えをしっかり聞いてあげる」ことと
「お客さんにおんぶにだっこ」との区別がついていないのかなあと思うことも。
業界的な言い方をすれば、
「弁護をする気になってない。」
という感じなのかもしれません。
「先生」と呼ばれたからといって、解決する問題ではないのですが、
「先生が友達になっちゃっている。」という瀬戸内寂聴さんのお話を聞き
ながら、「先生」らしさを考え込んでしまったのでした。
自分が教わった先生の中には、今思い出しても泣きそうになるくらい
いい「先生」がいました。
「経師は遭い易く、人師は遭い難し。」
(資治通鑑・後漢桓帝紀からだそうです)
明日こそは、もう少しまともに「先生」稼業に精を出したいと思います。