北朝鮮拉致問題
北朝鮮工作員が拉致したとされる事件を受けて、拉致被害者と思われる失踪者を探す者ないし所属国が、情報提供や拉致被害者の帰国を、北朝鮮政府に対して求めている問題
北朝鮮工作員が他国民を密かに北朝鮮へ拉致したとされる事件を受けて、拉致被害者と思われる失踪者を探す者ないし所属国が、情報提供ひいては拉致被害者の帰国を、北朝鮮政府に対して求めている問題
及び、これらの交渉に関連した諸問題を指す。2020年12月現在、北朝鮮は日本を含む少なくとも世界12の国と地域から拉致を行っていると報じられている
1946年7月31日、北朝鮮の指導者金日成は南朝鮮からインテリを連れてくることを指示した。
これが、北朝鮮による韓国人拉致問題の始まりである。韓国人の拉致被害者は500人近くにおよぶとみられる。
日本に関連する問題については、ここでも随時触れているが、より詳しくは北朝鮮による日本人拉致問題を参照
北朝鮮指導者が拉致をおこなった狙いはわかりにくい部分もあるが、当初、計画的なものとしては拉致の目的はスパイ養成のための教育係とする意図があったと考えらえる。
朝鮮戦争後の1953年以降、北朝鮮は韓国人を相次いで拉致した。
北朝鮮は、1969年には韓国の国内航空便をハイジャックし元山市に着陸、39人を帰国させたが11名の韓国人は解放されなかった。
北朝鮮の元工作員安明進の証言によれば多くの韓国人拉致被害者が平壌市北東の地下に掘られた巨大なトンネルのなかでスパイ教育の任務にあたらされた。
以南化環境館と名付けられたその施設には、銀行や警察署、スーパーマーケット、高級ホテル、歓楽街まで韓国にあるものそのままに再現されていた。
スパイの「韓国人化教育」にたずさわった人は80人以上におよんだが、その多くは韓国より拉致・誘拐されてきた人々であった。
その他には、近隣諸国にスパイを送り込もうとした際に現場を目撃され、グループの他のメンバーらが、人民を救うために行っているとの建前から目撃者を殺して口封じをするわけにもいかず、そのまま誘拐したケースもあったといわれる。