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過誤払い

金融機関が、顧客になりすました無権限者に対して預貯金の払戻しなど、金銭の支払を行うことをいう。結果往々にして本来の顧客が損害を蒙る。

 

過誤払いの典型的な事例は、銀行金融機関)に預貯金口座を開設している預金者(顧客)から、預金通帳印章(届出印)を盗み取った第三者(窃盗犯人)が、預金者になりすまして銀行窓口に赴き、預金通帳を提示するとともに届出印をした預金払戻請求書を提出して、預貯金の払戻しを受けて逃亡するような場合である。

通帳と印章の盗難に気付いた顧客が、銀行に駆けつけても、銀行は

真正な通帳の提示と登録印鑑に合致する印影のある預金払戻請求書の提出を受け、

特段に不審な事情もなかったので正常に預金の払戻しを行った。

と説明し、約款上の免責条項や民法第478条を根拠に、もはや預金はないものとして、預金払戻請求や、預金回復、損失補償の要求を拒絶することがある。

ここで金融機関とは、銀行の他に、信用金庫、各種組合、ゆうちょ銀行などをいう。顧客とは、これら金融機関と契約を結び口座を開設した者をいう。また、信販会社が契約者にキャッシングやローンの貸付金を払い渡す場面や、保険会社が契約者貸付制度に則り貸付金を払い渡す場面でも類似の事態が起こる。

また、ここで、第三者、或いは無権限者とは、顧客とは無関係で、顧客になりすまして金融機関から金銭を受け取る者をいう。窃取した物(預金通帳印章キャッシュカードクレジットカード等)や、不正に取得した情報(暗証番号やIDやパスワード等)を用いて金融機関を欺いて金銭を受け取る詐欺犯である。もっとも、窓口での対面取引ではなく、ATMから金銭を引き出す場合(機械払い)は、厳密には窃盗罪に当たるが、本項では手段(窓口であるかATMであるかネットバンキングであるか)を問わず、無権限者が顧客になりすまして金融機関から金銭を受け取ること全般を、便宜上詐取(詐欺行為)と呼ぶこととする。

なお、顧客以外に預貯金や貸付金を払い渡す事態をめぐり、関係者が勝手に預金通帳等を持ち出して預金の払い戻しを受ける事例、例えば法人の口座の通帳と届出印を社長や従業員が勝手に持ち出したり、家族の通帳と届出印を勝手に持ち出して預金を下ろすなどの事例(実態として横領)もあるが、ここでは扱わない。本項では預金者や契約者本人とは関係のない第三者が本人になりすまして預金を払い戻して持ち去る事例を取り上げる。

不正払戻し等の手口

以下は銀行の事例を中心にして述べる。日本銀行における口座取引が預金通帳の提示と印鑑照合を手がかりに行われることから、通帳と印章を窃取して預金者本人になりすまして預金を詐取する手口は珍しくない。派生した手口として、預金通帳のみを詐取し、印影は他の書類に押されたものから類推したり、印鑑登録を詐取して偽造する手口も見られる。また、1969年(昭和44年)以降に磁気式キャッシュカードをベースとしたオンラインシステムが普及すると、キャッシュカードと書類を窃取し、記載されている生年月日や電話番号等から暗証番号を推測してATMから預金を詐取する手口も広まった。

総合口座が販売され、単一の口座で普通預金の他に金融商品を取り扱う様になると、国債や積立定期預金などの資産を担保としたローン機能や、無担保ローン機能も付与され、そのローン枠一杯に金銭を借り受けて詐取する手口も見られるようになった。

犯罪に用いられる技術が高度化すると、より巧みに詐取を行う手口が見られるようになった。民間で手に入るスキャナやプリンタ等の機器の性能が向上した1998年(平成10年)後半より、預金通帳に登録されている副印鑑をスキャナで読み取り、色調を調整してカラープリンタで預金払戻請求書に写す手口も現れた。この方法では印章や他の書類を用いることなく、通帳のみを入手すれば詐取に及ぶことができる。一方で、2002年(平成14年)ころから、磁気カードリーダ等の機器を用いてスキミングを行い、キャッシュカードそのものではなく、磁気情報のみを窃取して偽造カードを作出して詐取する手口も現れた。預金者本人の手許にカードがあるにもかかわらず預金が勝手に引き出されるとして社会問題となった。

金融機関の対応編集

この間、通帳と印鑑、又は、キャッシュカードと暗証番号で認証を行う手続についてはほとんど変更がなく、積極的に過誤払いを防止する方策は見られなかった。

もっとも、副印鑑の偽造の手口を受けて、1999年(平成11年)ころから、印鑑照合をオンラインで行うシステムを導入して副印鑑制度を廃止する動きが出ている。また、偽造カードを作出する手口を受けて、2002年(平成14年)ごろから、一部金融機関は偽造が困難なICカードを利用するシステムに更新している。また、指静脈や掌静脈パターンを用いた生体認証を取り入れる金融機関もある。

実際に預金詐取が起きた場合には、銀行は、「正常に預金を払い戻し済みである」と主張し、約款の免責条項を根拠として、預金者による預金払戻請求や損害賠償の要求を拒絶する対応が多かった。裁判においても、手続に過失がないとする銀行の主張が容れられた場合には、約款や民法第478条による免責が認められ、結果として預金者の預金は失われることとなった。

預金者保護法成立に至る経緯

1988年昭和63年)に、エレクトロバンキング専門委員会が設けられ、この中でキャッシュカードに係る過誤払いの危険を考慮し、海外の事例を参考に預金者保護を規定する立法をするべきとの意見が出た。

これに対し、金融機関側は、既に確立していた判例を見ても銀行に過失のない支払には直ちに民法第478条に基づく免責を認めるのが私法を司る民法の大原則であり、また、預金者保護の制度をみだりに作ることは被害の偽装を助長し混乱を招く恐れがあると主張した。そして、不正出金への対応は立法によらず、あくまでも約款による対応を強く望む金融機関側からの強硬な反対を受けて立法化は見送られた。

2003年(平成15年)ころから、スキミングで作出された偽造カードによる預金詐取の問題がクローズアップされ、併せて盗難カードや盗難通帳・印章を用いた不正出金に対して金融機関の被害防止が後手に回り、また被害者への対応がこれまで不十分であったと指摘され、改めて預金者を保護する立法を求める動きが出た。

これに対し、金融機関側は、例えば新生銀行では、ATMの前で脅迫され、出金を強要された上でそれを喝取された場合でも補償する[2]など被害を補償する約款を備えた銀行があることを指摘し、約款による返金は可能であること、補償の条件も含めて約款は個々の銀行がそれぞれに定め、預金者はこの中から適するものを選ぶ自由があり、一律に補償を規定する立法は自由契約の原則にそぐわず、また約款に加えて重ねての補償の規定を別途立法で定めるのは冗長で不合理であり不要であると主張して強く反対し、業界の自主規制による対応を望んだ。また、銀行の約款の大半が約款案を基準として制定されていることを踏まえて、約款案に被害補償の条項を組み入れる様に主張する意見に対しては、約款案で実質的に補償を強制するのは自由競争の原則に悖(もと)るとして拒否している。

金融機関側の反対を抑えて、2006年平成18年に偽造カード等及び盗難カード等を用いて行われる不正な機械式預貯金払戻し等からの預貯金者の保護等に関する法律(以下、預金者保護法)が施行された。ただし、この法律では、金融機関に開かれた個人名義の口座のキャッシュカードをATMに挿入して金銭詐取が行われた場合にのみ補償が命じられ、それ以外の不正出金の場面では依然約款並びに民法第478条による銀行の免責の可否が検討されることとなる。

現状

預金通帳と印章、キャッシュカードを入手する手段として、空き巣や車上荒らしで単純に窃取する手口に加えて、特殊詐欺の一類型として警察や銀行協会などの公的機関を装って被害者宅を訪問し、キャッシュカードを「提出させる」と共に暗証番号を聞き出してまんまと預金を窃取する手口も広がっている。

ネットバンキングが普及し、預金通帳や印章、キャッシュカードを要さずIDとパスワードのみで口座取引が可能になると、スパイウェアやソーシャルエンジニアリングを駆使してそれらを盗み出し、本人になりすまして預金を他口座に送金する手口も確認されている。セキュリティ向上の為に二段階認証が導入される一方で、2022年令和4年)頃よりSIMスワップによってセキュリティを回避する手口も現れている。

 

キャッシュレス化が進み、電子決済サービスが普及する中で、銀行口座が他の決済サービスへの支払いに使用されるようになると、決済サービスを経由して不正な預金引き下ろしが行われる事態も発生している。決済サービスのアカウントを乗っ取られて、チャージする形で不正出金される他、第三者によって見知らぬ電子決済サービスへの口座振替契約が結ばれ預金者の与り知らぬうちに預金を引き出された事例もある。

預金の扱いと喪失

ここでは、銀行に預けていた普通預金が第三者の手に渡った場合を前提として預金が喪われる理由を述べる。

預金者の立場では、自分が預けた預金が知らぬうちに無関係の第三者に払い渡され、結果自分の預金は無くなってしまった、という事態は受け入れ難い。預金を誤って第三者に渡したのは銀行の落ち度であり、いうなれば銀行が預金者をかたる詐欺に遭いだまし取られたのであって、その責任と被害は銀行自身が負うべきであり、自分の預金は別途正しく払い戻されるべきと期待する。

しかし、預金の法律上の取り扱いと民法第478条の適用により、預金者が預金を喪なうこととなる。

法律上の預金の扱い

預金者が銀行に預けた預金は、法律上は、預金者が銀行に対して持つ債権(預金債権)であり、一方で、銀行が預金者に対して負う債務(預金債務)と看做される。そして、銀行が預金者に預金を払い戻す行為は、債務を弁済する行為として扱われる。

典型的には、真正な預金通帳と真正な印鑑の捺された預金払戻請求書を窓口で提示した顧客に対して、銀行が通帳と印鑑の真贋しんがんを確認して顧客が預金者本人であると認めて、それ以上の本人確認手段をることなく預金を払い戻すことは、銀行の立場では預金債務の弁済として妥当である。

民法478条の適用

ところが、その「顧客」が実は通帳と印章を窃取した第三者であった場合は、民法第478条の適用が検討される。この条文は、債務者(銀行)が真の債権者(預金者)以外の者に弁済した場合の処理を規定している。

(受領権者としての外観を有する者に対する弁済)

第478条

受領権者(債権者及び法令の規定又は当事者の意思表示によって弁済を受領する権限を付与された第三者をいう。以下同じ。)以外の者であって取引上の社会通念に照らして受領権者としての外観を有するものに対してした弁済は、その弁済をした者が善意であり、かつ、過失がなかったときに限り、その効力を有する。

ここで、条文中の太字部分は以下の様に解釈される。

  • 取引上の社会通念
真正な通帳の提示と真正な印鑑の捺された預金払戻請求書の提出を以って銀行が普通預金の取引に応じ、また、印鑑照合は平面照合(払戻請求書の印鑑と登録印鑑・副印鑑を横に並べて見較べる)に限るのは取引上の社会通念として認めらる。尚、普通預金の取引においては身分証や戸籍抄本の提示などの本人確認の手段等を追加で講じる必要はない。また、印鑑照合において重ね合わせての照合等をする必要はない。
  • 受領権者としての外観を有するもの
真正な通帳と真正な届出印を持参した者が顧客本人としての外観を有することから、受領権者としての外観を有するものとして扱われる。
  • 善意
預金通帳と届出印が真の預金者の手を離れ、第三者の手にあることを知らなかったことは善意である。
  • 過失がなかった
過失としては、相手が真の受領権者であることを弁別し、それ以外の者(第三者)への出金を防止する努力を怠ったことを指す。通帳と印鑑が真正であると確認する手続きに誤りが無ければ、第三者への払い出しを防止する方策を履践したと見なされ、過失がなかったものとして扱う。

これに則り他者への債務の弁済、即ち預金者の与り知らぬ第三者への預金の払い戻しは有効として扱われる。そして、結果真の預金者は預金を喪失することとなる。

民法第478条を巡る議論

ところで、民法第478条の立案時、民法の起草委員である梅謙次郎が想定していた適用場面は、

  1. 債権者が死亡し、相続人が弁済を受けたが、実は隠された他の相続人が存在した場合
  2. 債権譲渡無効取消解除により効力を失った場合の債権譲受人

など、相互に関係がある者のうち債権が誰に帰属しているか争いのある場合であったといわれる。この背景には、真の債権者以外の者へ行った弁済を取り消し、債務者が弁済金を一旦回収してから改めて真の債権者に弁済しなおすのは手続きが煩雑なので、一旦弁済を受けた者が直接真の債権者に弁済金を渡すのが良いとの考えがある。

このような立法経緯や、その母法(フランス民法1240条)の考え方を考慮すると、顧客と全く無縁である第三者への出金に本条文を適用して銀行の免責を認めるのは不適切である、との批判が以前からあった。また、本来債務の弁済に適用することを前提とした同規定を、預金の払戻しに適用することは不適当であるとの批判があるし、加えて貸付金の払渡しの場面にもこれを適用することは、解釈を拡大しすぎているとの批判もある。

昭和40年代以降の裁判所の判断では、まず金融機関の出金行為に検討を加え、通帳と印鑑の真贋確認が正しく行われ過失がないと認定すれば直ちに本条文を適用して預金や貸付金を第三者に払い渡した銀行の行為を正と認め、真の預金者に対する免責を認めるのが主流である。

 

2003年平成15年には、現金自動入出機による預金の払戻しについても民法第478条が適用されるとし、機械処理であることは同条の適用を否定しないと判示する最高裁判決(最高裁平成14年(受)第415号平成15年4月8日第三小法廷判決・民集57巻4号337頁) - 判決本文も出されている。ここから、預金者保護法の想定する場面以外では、偽造キャッシュカードや盗難キャッシュカードによる損失についても、まず銀行の手続の妥当性を問うて、そこに瑕疵がなければ免責とする判断がなされるものと見られる。

そのほか、判例によれば以下のような取引にも民法第478条が適用される。

  • 定期預金の期限前解約
定期預金は本来、所定の期日まで預けておくものだが、期限前に解約して受け取ることについても民法第478条の適用がある。
  • 貸付金の払渡し
口座に付帯のローン契約に基づく貸付金の払い渡しについても、民法第478条の適用がある。
  • 定期預金を担保とした貸付金
総合口座において定期預金を担保とした繰越貸付制度(当座貸越制度ともいう)が設けられており、その貸付金を第三者に払い渡した場合にも民法第478条の適用がある。
本来は個別に貸付の契約手続を行い、この過程で慎重に本人確認を行って無権限者への貸付けを排除するべきとの主張に対して、定期預金の期限前解約と同視できるという判断、又は自動繰越貸付制度は普通預金の残高が不足した場合に自動的に貸し付ける仕組みであって、普通預金の延長と見做みなせるという判断により、普通預金払い戻し時の手続きと同程度の注意義務を果たしていれば直ちに民法第478条の適用を認め、奪われた貸付金と相殺して定期預金を喪わせる。
  • 保険契約者に対する貸付金
生命保険の商品によっては、解約返戻金内の所定の範囲内で貸付を行う契約者貸付制度があり、保険契約者本人になりすました無権限者に貸付金を払い渡した場合も民法第478条の適用がある。
貸付の手続きの過程で慎重に本人確認義務を行い無権限者への払い出しを排除するべきとの主張に対して、約款で保険証書の提示と印鑑の提示をもって取引を行う旨定めてあり、その範囲内において確認行為の履践に過失がなければ注意義務を果たしたとして直ちに民法第478条を適用し、奪われた貸付金と、保険金や解約返戻金との相殺を認める。

さらに、ネットバンキングにおける金銭詐取についても、金融機関が認証手段を講じて本人と認めた上での取引に付随する損害を顧客に負担させる旨の約款が正当化されるとの指摘もある。

尚、民法第478条の法理では、金融機関が「誤って」預金・貸付金を払い渡した相手である第三者が、直接真の債権者である預金者に、金員を引き渡すことを想定する。だが、詐取する側としては金員を騙し取るのが目的で支払い・返却に応じる積もりは毛頭なく行方を晦ませる一方で、預金者の側は確かに自分の通帳と印鑑、キャッシュカードと暗証番号、または、IDとパスワードが正しく使用された事が知れるのみで、監視カメラの映像やIPアドレス等の開示を求めても個人情報保護等を理由に拒否されるなど証拠を求める事ができず、結局のところ預金を持ち去った第三者を特定し追求する手立てがなく、預金を回収することは事実上できない。

権利外観理論

また、権利外観理論の面からも、第三者への弁済が有効であると主張される。権利外観理論では、真の権利者とは異なる虚偽の外観、即ち第三者が真の通帳と真の印鑑を提示して真の預金者の振りをできた原因について扱う。ここでは、通帳ならびに届出印が第三者に窃取されていることから、真の預金者に管理の落ち度があったと看做し、第三者が預金者に成りすますことを赦した点について責任があり、それゆえに生じた損害の責任も負うと考える。

態様

普通預金の不正払戻しの方法としては、窓口で直接現金を受け取る方法、ATM(現金自動預け払い機)で直接現金を受け取る方法、がある。また、ネットバンキングを中心に、直接現金をもらい受けずに、無権限者が管理する他の銀行口座へ振り込んで預金を奪う方法もとられる。決済サービスの支払いに指定した預金口座から不正に預金が引き落とされる事例もある。

窓口における金銭の受領

無権限者が、窃取した預金通帳印章(届出印)を持参して窓口に赴き、預金者になりすまして預金を引き出す。ATMでは例えば1日の取引額上限を50万円とするなど限度が設けられているが、窓口であれば制限なく多額の預金を一度に下ろすことができる。また、総合口座に付帯のローン契約をフルに活かし、限度枠一杯の貸付けを受けて詐取し、その債務を預金者に負わせることができる。なお、窓口での取引では、提出する書類に記入した文言の筆跡が残り、また人相容貌が窓口担当者に記憶されたり監視カメラに記録されるが、ここから無権限者を特定し捜索することは事実上不可能である。

窃取した通帳と印章を用いた詐取

預金通帳と届出印とを窃取して銀行の窓口に赴き、預金者になりすまして預金を引き出して逃亡する。最もオーソドックスな手法である。これを防止するために、通帳と届出印を分けて保管するよう注意が繰り返し呼び掛けられている。

窃取した通帳と類似印章を用いた詐取

預金通帳と、一緒に保管してある各種書類を窃取し、これらの書類にされている印影が登録印鑑と同じものと推測して類似の印章を用意したり偽造して詐取に及ぶ。特に、登録印鑑に三文判等既製品を使用している場合には、同一の印章を購入して使用することで容易に印鑑照合を回避し得る。

類似の方法として、預金者本人になりすまして地方自治体から印鑑証明を詐取し、その印鑑が銀行に登録した印鑑と同じであるとの推測の下に印影の偽造を行う手口もある。

副印鑑の偽造編集

日本の銀行における預金口座では、口座開設店が通帳を発行するとともに登録印鑑票を作成・保有し、預金取引では、顧客がこの通帳と届出印が顕出する印鑑を提示し、銀行はその真贋を確認して手続を行うのが一般的である。登録印鑑票は口座開設店に置かれ、当該店舗で取引を行うのが基本であるが、普通預金口座・総合口座の利便性に鑑み他店舗でも取引を行うことを可能にする手段として通帳にも印鑑を登録する副印鑑制度が採られた。

しかし、認証に用いる要素そのものが通帳に付帯していることがセキュリティ上の弱点としてかれる。副印鑑を何らかの手段で預金払戻請求書に写して提出すれば、印章そのものがなくても取引が可能となる。

カラーコピーで色調を補正しつつ預金払戻請求書に写す方法、デジカメで撮影したりスキャナで読み取ってデジタルイメージを取得し、色調を補正してカラープリンターで印刷する方法、あるいは、NC工作機を活用してデジタルイメージを元に印鑑と同じ印影を顕出できる印章を刻印して使用する方法などがある。認証に用いる要素そのものを素材にするのであるから完全に同一の印影を偽造できる。

2002年(平成14年)ころより、これらの手口を用いた詐取が知られるようになり、金融機関側ではオンラインシステムで登録印鑑票を他の本支店でも参照・照合できるように改めると共に、新規に発行する通帳から副印鑑欄を抹消し、既存の通帳の副印鑑欄に目隠しシールを貼って、偽造を防止する対策も採られる。ただし、現在使用している通帳から副印鑑を抹消していても、古い通帳等もまとめて窃取され、そこに残っていた副印鑑から印鑑が知れて偽造される事例もある。