プロジェクト・プーチ
先日あるノンフィクションの本を読みました。
その中で紹介されている事業とその効果に驚き、このようなプロジェクトが日本でも多く広がるといいのではないか、と思いこのブログでご紹介させて頂くことにしました。
(既にメディアでも取り上げられているのでご存じの方もいらっしゃるかもしれません)
その事業の名前は「プロジェクト・プーチ」。
アメリカのポートランドで実施されているプロジェクトで、一言でいえば、罪を犯して少年院で更生中の少年たちに、飼い主に虐待されたりまたは捨てられたりした結果ドッグ・シェルターで保護されている犬たちを1人につき1匹、自分で選んだ犬の世話を完全に任せる、という内容です。
少年たちの更生プログラムであると同時に犬たちが新しい飼い主と暮らすためのトレーニングでもあり、犬たちはここでのトレーニングを経て、新たな飼い主のもとへと引き取られていきます。
少年たちは自分が選んだ犬の世話を数ヶ月間任され、自分がいないと生きていけない「命を預かる」ことになます。
その過程でこれまで学ぶ機会の少なかった無条件の愛情を与えること、逆に受けること、そして自分自身の存在価値を見出していきます。
そのストーリーもさることながら最も驚いたのが、このプロジェクトに参加した少年の再犯率です。
それは、なんとゼロ。*
その数字がプロジェクトの有効性を物語っていると思います。
少年たちも罪を犯すに至った背景には、家庭が貧しかったり、両親からの愛情を受けらずに育った、などの過去がある場合もあり、一度は人間に捨てられてしまった犬と自分の境遇が重なって見えることも少年たちがこのプロジェクトに一歩踏み出す理由ではないかと思います。
罪を犯した少年たちの更生に役立ち、同時に人間に裏切られて傷ついた犬たちが新たな飼い主と暮らすステップにもなるこのプロジェクトは、その双方にとって、さらには彼らが戻っていく社会にとっても価値のあるプロジェクトではないかと感じました。
このような既存のものに新たな工夫を加えることによって大きな効果を生み、結果多くの人々の幸せにつながるプロジェクトが日本でも増えていくことを願っています。
*この本の執筆当時100人超の少年を対象にしたデータです。
その中で紹介されている事業とその効果に驚き、このようなプロジェクトが日本でも多く広がるといいのではないか、と思いこのブログでご紹介させて頂くことにしました。
(既にメディアでも取り上げられているのでご存じの方もいらっしゃるかもしれません)
その事業の名前は「プロジェクト・プーチ」。
アメリカのポートランドで実施されているプロジェクトで、一言でいえば、罪を犯して少年院で更生中の少年たちに、飼い主に虐待されたりまたは捨てられたりした結果ドッグ・シェルターで保護されている犬たちを1人につき1匹、自分で選んだ犬の世話を完全に任せる、という内容です。
少年たちの更生プログラムであると同時に犬たちが新しい飼い主と暮らすためのトレーニングでもあり、犬たちはここでのトレーニングを経て、新たな飼い主のもとへと引き取られていきます。
少年たちは自分が選んだ犬の世話を数ヶ月間任され、自分がいないと生きていけない「命を預かる」ことになます。
その過程でこれまで学ぶ機会の少なかった無条件の愛情を与えること、逆に受けること、そして自分自身の存在価値を見出していきます。
そのストーリーもさることながら最も驚いたのが、このプロジェクトに参加した少年の再犯率です。
それは、なんとゼロ。*
その数字がプロジェクトの有効性を物語っていると思います。
少年たちも罪を犯すに至った背景には、家庭が貧しかったり、両親からの愛情を受けらずに育った、などの過去がある場合もあり、一度は人間に捨てられてしまった犬と自分の境遇が重なって見えることも少年たちがこのプロジェクトに一歩踏み出す理由ではないかと思います。
罪を犯した少年たちの更生に役立ち、同時に人間に裏切られて傷ついた犬たちが新たな飼い主と暮らすステップにもなるこのプロジェクトは、その双方にとって、さらには彼らが戻っていく社会にとっても価値のあるプロジェクトではないかと感じました。
このような既存のものに新たな工夫を加えることによって大きな効果を生み、結果多くの人々の幸せにつながるプロジェクトが日本でも増えていくことを願っています。
*この本の執筆当時100人超の少年を対象にしたデータです。
インキュベーションプログラム
9月から告知しておりました、チャリティ・プラットフォームの2009年度NPO支援事業インキュベーションプログラムの応募期間が終了しました。
たくさんのご応募ありがとうございました!!
たくさんのご応募ありがとうございました!!
非営利団体って??
NPOで働くようになって感じた、世間のNPOに対する誤解。
「NPOってボランティア団体でしょ?」
「非営利ってことは、儲けちゃいけないんだよねぇ。」
「NPOで働く人って、給料もらえるの?」
そんな問いに対する私の答え。
1.一言にNPOといってもいろいろなタイプがある
人が集って事業を行うところは、営利企業もNPOも一緒。法人格を取得し、人を雇って事業を展開しているNPO法人は、無償の労働力(ボランティア)のみで活動しているボランティア団体とは、その持続可能性において一線を画します。決してボランティア団体を否定するものではありません。ただNPO法人として年間数千万、数億円の予算規模でがんばっている団体も少なくないのです。NPO業界はかなり幅と奥行きがあるんです。
2.非営利団体でも収益をあげてもいいのです
NPO法人でも事業を拡大して、それにより救われる人が一人でも多くつくることができたほうがいい、と改めて思います。そのために、NPO法人も積極的に収益性を高めて、よりたくさんの人がより幸せになるといいです。反面、その団体が突如として持続不能となりサービスを提供できなく事態に陥ったならば、その受益者にとっての大きな不幸となるのではないでしょうか。
3.NPO職員だって給料をもらいます。
でないと生活できませんよね?
NPO業界(の一部)に「寿退社」という言葉があります。一般企業で言うそれとは違い、主に男性職員が結婚して養うべき家族を持った時、一般企業に転身せざるを得ないNPO業界の給与事情から、やや自嘲気味に言われる言葉です。悲しいですが、よくある事実だと私も最近学びました。
以上、私がよく耳にする誤解を伴った質問に対して、私なりの見解を述べさせていただきました。多くのNPOが持続可能な組織であってほしい、そしてそれを担う人材が多くこの業界に入って来てくれることを願っています。そのために、チャリティ・プラットフォームに何ができるのか、日々自分に問いかけて行きたいと思います。
NPOが持続可能であるために必要な要素の一つは優れた人材の確保で、優れた人材の確保に必要な要因の一つが生活を維持できる給与水準ではないかと私は考えています。優れた人材を確保でき持続可能な組織となる、世の中にそんなNPOが今よりもっともっと増えたなら、社会変革の連鎖は一層広がることでしょう。チャリティ・プラットフォームは、そんな未来を夢見て、NPOの応援を続けます。
皆様も、そんなチャリティ・プラットフォームを応援してください。
「NPOってボランティア団体でしょ?」
「非営利ってことは、儲けちゃいけないんだよねぇ。」
「NPOで働く人って、給料もらえるの?」
そんな問いに対する私の答え。
1.一言にNPOといってもいろいろなタイプがある
人が集って事業を行うところは、営利企業もNPOも一緒。法人格を取得し、人を雇って事業を展開しているNPO法人は、無償の労働力(ボランティア)のみで活動しているボランティア団体とは、その持続可能性において一線を画します。決してボランティア団体を否定するものではありません。ただNPO法人として年間数千万、数億円の予算規模でがんばっている団体も少なくないのです。NPO業界はかなり幅と奥行きがあるんです。
2.非営利団体でも収益をあげてもいいのです
NPO法人でも事業を拡大して、それにより救われる人が一人でも多くつくることができたほうがいい、と改めて思います。そのために、NPO法人も積極的に収益性を高めて、よりたくさんの人がより幸せになるといいです。反面、その団体が突如として持続不能となりサービスを提供できなく事態に陥ったならば、その受益者にとっての大きな不幸となるのではないでしょうか。
3.NPO職員だって給料をもらいます。
でないと生活できませんよね?
NPO業界(の一部)に「寿退社」という言葉があります。一般企業で言うそれとは違い、主に男性職員が結婚して養うべき家族を持った時、一般企業に転身せざるを得ないNPO業界の給与事情から、やや自嘲気味に言われる言葉です。悲しいですが、よくある事実だと私も最近学びました。
以上、私がよく耳にする誤解を伴った質問に対して、私なりの見解を述べさせていただきました。多くのNPOが持続可能な組織であってほしい、そしてそれを担う人材が多くこの業界に入って来てくれることを願っています。そのために、チャリティ・プラットフォームに何ができるのか、日々自分に問いかけて行きたいと思います。
NPOが持続可能であるために必要な要素の一つは優れた人材の確保で、優れた人材の確保に必要な要因の一つが生活を維持できる給与水準ではないかと私は考えています。優れた人材を確保でき持続可能な組織となる、世の中にそんなNPOが今よりもっともっと増えたなら、社会変革の連鎖は一層広がることでしょう。チャリティ・プラットフォームは、そんな未来を夢見て、NPOの応援を続けます。
皆様も、そんなチャリティ・プラットフォームを応援してください。
パープルリボンプロジェクトラン&ウォーク
私事ですが、11月に開催される、パープルリボンプロジェクトラン&ウォークに参加を予定しています。
パープルリボンについて、御存知の方もいらっしゃると思います。
暴力のない世界を目指す活動で、とりわけ、女性のDV(ドメスティック・バイオレンス:家庭内暴力)問題に注目されることが多い気がします。
ラン&ウォークの趣旨は、主催者の言葉を抜粋しますと、下記の通りです。
『暴力のない世界(非暴力)の重要性をアピールするパープルリボン・プロジェクトのPRイベントとして「ラン&ウォーク」を開催します。
パープルリボン・プロジェクト・オリジナルTシャツを身に付け、千鳥ヶ淵公園(スタート・ゴール)から皇居を1周することで、暴力のない世界の大切さを訴えてきます。
参加するみんなの気持ちがパープルリボンを広げます。ご家族、友人で歩いて、走ってパープルリボンのメッセージを伝えてください。』
このイベントに、10年ほどの付き合いになる友人と参加します。
彼女は、私がNPO法人で働くと報告した際に、「NPOって何だっけ?」と質問した大多数の友人知人の一人。
”NPO法人”、”NPO活動”、”ボランティア活動”という言葉は、どうやら敷居が高く、自分の生活とは縁遠いものだと思われがちなのかもしれません。
なぜでしょうか。
難しそうな言葉が先行してしまっていて、一部の人が参加しているものだと思われている。しかし、実際は身近なもののはずです。
「やってみたい」と思って実行したことが、社会をよくすることであったり、社会の誰かの為になったり、ハッピーになることにつながれば、これはNPO活動であり、ボランティア活動なのだと私は認識しています。
かの友人も、「パープルリボンラン&ウォークがあるんだけども、参加しない?」という私の誘いに、「いいことそうだから、参加する」と快諾してくれました。
「このイベントは社会をよくするための活動」だという気持ちがあったから、参加を決めたのだと思っています。(体を動かすことが好きだからという理由もありますが)
結構、簡単なことです。誰でもできることなのです。NPO活動、ボランティア活動というものは。
私がNPO法人で働いていること、パープルリボンプロジェクトラン&ウォークに参加することが、「NPOって何だっけ?」と疑問に思った友人にとって、NPO活動やボランティア活動に関心を持つきっかけになればいいと内心思っています。
そして、こうやって、ささやかなことから、社会のみんながハッピーになれる一歩は始まると私は思っています。
日本における寄付文化の創造を目指し、社会のみんながハッピーになれる活動を広げていくのがチャリティ・プラットフォーム。
その中にいる私がきっかけで、友人・知人が社会貢献活動を身近に感じてもらえたら・・・。私もハッピーです。
パープルリボンについて、御存知の方もいらっしゃると思います。
暴力のない世界を目指す活動で、とりわけ、女性のDV(ドメスティック・バイオレンス:家庭内暴力)問題に注目されることが多い気がします。
ラン&ウォークの趣旨は、主催者の言葉を抜粋しますと、下記の通りです。
『暴力のない世界(非暴力)の重要性をアピールするパープルリボン・プロジェクトのPRイベントとして「ラン&ウォーク」を開催します。
パープルリボン・プロジェクト・オリジナルTシャツを身に付け、千鳥ヶ淵公園(スタート・ゴール)から皇居を1周することで、暴力のない世界の大切さを訴えてきます。
参加するみんなの気持ちがパープルリボンを広げます。ご家族、友人で歩いて、走ってパープルリボンのメッセージを伝えてください。』
このイベントに、10年ほどの付き合いになる友人と参加します。
彼女は、私がNPO法人で働くと報告した際に、「NPOって何だっけ?」と質問した大多数の友人知人の一人。
”NPO法人”、”NPO活動”、”ボランティア活動”という言葉は、どうやら敷居が高く、自分の生活とは縁遠いものだと思われがちなのかもしれません。
なぜでしょうか。
難しそうな言葉が先行してしまっていて、一部の人が参加しているものだと思われている。しかし、実際は身近なもののはずです。
「やってみたい」と思って実行したことが、社会をよくすることであったり、社会の誰かの為になったり、ハッピーになることにつながれば、これはNPO活動であり、ボランティア活動なのだと私は認識しています。
かの友人も、「パープルリボンラン&ウォークがあるんだけども、参加しない?」という私の誘いに、「いいことそうだから、参加する」と快諾してくれました。
「このイベントは社会をよくするための活動」だという気持ちがあったから、参加を決めたのだと思っています。(体を動かすことが好きだからという理由もありますが)
結構、簡単なことです。誰でもできることなのです。NPO活動、ボランティア活動というものは。
私がNPO法人で働いていること、パープルリボンプロジェクトラン&ウォークに参加することが、「NPOって何だっけ?」と疑問に思った友人にとって、NPO活動やボランティア活動に関心を持つきっかけになればいいと内心思っています。
そして、こうやって、ささやかなことから、社会のみんながハッピーになれる一歩は始まると私は思っています。
日本における寄付文化の創造を目指し、社会のみんながハッピーになれる活動を広げていくのがチャリティ・プラットフォーム。
その中にいる私がきっかけで、友人・知人が社会貢献活動を身近に感じてもらえたら・・・。私もハッピーです。
障がいをもつ子どもを持つ親御さんたちと、指導者のこと。
8月の頭に有馬山へ夏合宿のボランティアに行ってきました。
私が新卒で入社した神戸の自閉症療育センターに通う子どもたちと名古屋教室の子どもたちが夏の有馬に集まって5泊6日で集団生活を行い、療育効果をあげるというもの。
メインは山登り、他にリズム体操をしたりお勉強したりしますが夏の炎天下の中で大人でも倒れそうな過酷な日々です。
私が活動に参加したのは最初の3日間だけでしたけど、当時の自分のことを思い出したり、成長して大きくなった子どもたちの姿を見て喜んだり驚いたり、やっぱり怒ってしまったり。その場にいて子どもと一緒にいるときは、必死なので疲れ知らずのまま動きまわれるのですが、東京に戻る帰り道、疲労感とともに子ども達に対して何もできなかった無力感に襲われて少し悲観的な自分になっていました。それは、自分が現場にいる頃にも感じた気持ちと似ていて、自分のたてたプログラムで子ども達の全体像があがっていかないそんな感覚です。いつも子どもたちの前では力が及ばず、まだまだだよと言われているような気持ちになってしまうものです。
なんだか煮え切らないまま終わってしまったのですが、つい先日夏合宿の写真が送られてきた際にスタッフの方から頂いた手紙の言葉に思うところがありました。
私が動き回っている姿を見て、「人の姿を見ていると否応なしに自分の最大限の力を出さなければならない場所なのだと感じました」とのこと。
確かに本気でこだわる子どもたちを相手に、そしてその行動をより社会に適応できる方向に持っていく療育を行っている最中は、体力・知力・精神的にも自分の最大限の力を出さければ、子どもに分かってもらうことはもちろん分かってあげることも難しいことです。
現場は確かに夜勤があったり、暑い日中に細心の注意を払いながら山登りしたり、子どもの反応にも敏感でいなければなりません。投げ出してしまえばどれだけ楽かと思うのにそれでも子ども達を前にそれができないスタッフは大勢います。
その想いは、子ども達に社会で生きていく力をつけて欲しいという気持ちにかかっていると思うのです。そしてもう1つは、自分がいなくなったら子ども達はどうなってしまうのだろうという強く重い責任感からです。
家庭でも学校でも適応できない子どもたちを前に、親も教師も悩んだあげく、療育センターにすがる気持ちで訪れる親御さんは大勢います。
もちろんそれは頼る場所があって良いと思いますし、存在意義もあることです。ただ、その場所が唯一というのは親にとっても指導者にとっても少々困りものだと思うのです。
イギリスでの事例を伺った機会があったのですが、学習障害と判定されるとイギリスはおめでとう!と言ってくれるそうなのです。こんなに素晴らしい才能を持っていることはとても素晴らしいよ、と。そして、一人一人に合わせたプログラムを学校が立ててくれるのです。アメリカでも親が療育の実践者になることはとても少ないと聞きます。
私がこの例を聞いた時に思ったのは、親のストレスが日本と比べてどれだけ軽減されているのかしらということです。私が所属していた団体は親こそが実践者だという考え方でしたので、宿題をこなせない親御さんの疲労感やストレスというのは相当なものがあったと思います。そしてそれは、指導する側へのストレスにもつながるものだと思うのです。
自閉症の子ども達は社会の中で理解されにくい存在になってしまうことがありますが、少なくとも親だけは子どもを愛するという根底の感情を失わずにいてほしいと思わずにはいられません。そのためには、ストレスの軽減や自閉症含め発達障害の理解・認知を進めるべく活動が急務なのでしょう。
親が子どもに手をかけるという悲しい事件を繰り返さないためにも、です。
私にとっては、改めて自閉症児・者、そしてそれを取り巻く社会のことを見つめなおす機会を与えて頂いたボランティア経験でした。来年、もしまた参加させて頂けるなら子ども達がもつ可能性や魅力をもっともっと見つけ出して行きたいと思っています。その為の勉強も急務だと痛感しています。
私が新卒で入社した神戸の自閉症療育センターに通う子どもたちと名古屋教室の子どもたちが夏の有馬に集まって5泊6日で集団生活を行い、療育効果をあげるというもの。
メインは山登り、他にリズム体操をしたりお勉強したりしますが夏の炎天下の中で大人でも倒れそうな過酷な日々です。
私が活動に参加したのは最初の3日間だけでしたけど、当時の自分のことを思い出したり、成長して大きくなった子どもたちの姿を見て喜んだり驚いたり、やっぱり怒ってしまったり。その場にいて子どもと一緒にいるときは、必死なので疲れ知らずのまま動きまわれるのですが、東京に戻る帰り道、疲労感とともに子ども達に対して何もできなかった無力感に襲われて少し悲観的な自分になっていました。それは、自分が現場にいる頃にも感じた気持ちと似ていて、自分のたてたプログラムで子ども達の全体像があがっていかないそんな感覚です。いつも子どもたちの前では力が及ばず、まだまだだよと言われているような気持ちになってしまうものです。
なんだか煮え切らないまま終わってしまったのですが、つい先日夏合宿の写真が送られてきた際にスタッフの方から頂いた手紙の言葉に思うところがありました。
私が動き回っている姿を見て、「人の姿を見ていると否応なしに自分の最大限の力を出さなければならない場所なのだと感じました」とのこと。
確かに本気でこだわる子どもたちを相手に、そしてその行動をより社会に適応できる方向に持っていく療育を行っている最中は、体力・知力・精神的にも自分の最大限の力を出さければ、子どもに分かってもらうことはもちろん分かってあげることも難しいことです。
現場は確かに夜勤があったり、暑い日中に細心の注意を払いながら山登りしたり、子どもの反応にも敏感でいなければなりません。投げ出してしまえばどれだけ楽かと思うのにそれでも子ども達を前にそれができないスタッフは大勢います。
その想いは、子ども達に社会で生きていく力をつけて欲しいという気持ちにかかっていると思うのです。そしてもう1つは、自分がいなくなったら子ども達はどうなってしまうのだろうという強く重い責任感からです。
家庭でも学校でも適応できない子どもたちを前に、親も教師も悩んだあげく、療育センターにすがる気持ちで訪れる親御さんは大勢います。
もちろんそれは頼る場所があって良いと思いますし、存在意義もあることです。ただ、その場所が唯一というのは親にとっても指導者にとっても少々困りものだと思うのです。
イギリスでの事例を伺った機会があったのですが、学習障害と判定されるとイギリスはおめでとう!と言ってくれるそうなのです。こんなに素晴らしい才能を持っていることはとても素晴らしいよ、と。そして、一人一人に合わせたプログラムを学校が立ててくれるのです。アメリカでも親が療育の実践者になることはとても少ないと聞きます。
私がこの例を聞いた時に思ったのは、親のストレスが日本と比べてどれだけ軽減されているのかしらということです。私が所属していた団体は親こそが実践者だという考え方でしたので、宿題をこなせない親御さんの疲労感やストレスというのは相当なものがあったと思います。そしてそれは、指導する側へのストレスにもつながるものだと思うのです。
自閉症の子ども達は社会の中で理解されにくい存在になってしまうことがありますが、少なくとも親だけは子どもを愛するという根底の感情を失わずにいてほしいと思わずにはいられません。そのためには、ストレスの軽減や自閉症含め発達障害の理解・認知を進めるべく活動が急務なのでしょう。
親が子どもに手をかけるという悲しい事件を繰り返さないためにも、です。
私にとっては、改めて自閉症児・者、そしてそれを取り巻く社会のことを見つめなおす機会を与えて頂いたボランティア経験でした。来年、もしまた参加させて頂けるなら子ども達がもつ可能性や魅力をもっともっと見つけ出して行きたいと思っています。その為の勉強も急務だと痛感しています。