ぴったり30年前の今ごろ。


母は71才かぁ、、、と

何度か、

振り返るこの漢字。


母の目が見えなくなり、

故郷に帰ってきてからは、

おまじないのように小さなメモにして

この漢字を壁に張り付けていた。

元気を貰えるよう。


母は達筆だった、特に筆。

何でこの文字を書いて貰わなかったのか。

悔やまれて、メモ張った😭


一大決心して、しっかり九時五時で働こうと外に飛び出た。

子供達の学費のために、は表向き。


バブル弾けて株で損失を出した為、

株はきっぱりとやめ(諦めて)

五年間は働いて、体で(笑)損失を補おうと決心。


規模は大きな会社に、滑り込んだ。

研修受けてるさ中に、

飛び込んできた課長。

(役職名は横文字に変わりつつあった時代)

課長だけど別名、なんてったか、忘れた。

ナンタラアドバイザー?

いや、こんなに長ったらしくはなかったような、、忘れる、って、今はとてつもなく悲しい💦


話をもどして、、


誰か、この字読める者はいないか?💦

とても急いでいる様子。

皆でパソコン一台を覗き込み、

数人が辞書を探しにどっかに走っていた間に、

私は、迷わず、愛媛の実家に電話を入れた。


母に手短に説明、

なぎのようで中身は止めでなく、横一に夕方の夕。


私?まったく読めやしない、見たことのない漢字だったから。


母はすんなりと

つとに、と読むかなあ、、。


つとに?なにそれ?普段使わない言葉に、

ありがとうも言わずに、

電話を切っちゃったかも、私。


辞書が来る前に課長に伝えた。


つとに、から、音読みや意味や使い方まで全てがすぐに出てきた。

今のようなネット環境はまだまだの時代。


お母さん、物知りだねえ、と

後で課長に褒められた。


たまたま、誰も読めなかった、だけかも知れない。

でも、母がとても誇らしかった♨️


右も左もわからない職場で、

俄然、やる気出てきた私。

母に貰った良い印象?を壊さぬよう、

頑張ったけど、

世の常、人の常。

出る杭打たれる?(あとで言われたこと)


女性も、仕事帰りの飲み会が珍しくなくなっていた。

お酒が飲める女性の多さにビックリしたのも、この頃。


三年はかかりそう、と一人前になるのに必要な時間の覚悟を、この時もしていた。

成果を先に出さないと意見も言えない、居場所もなし。

損失も埋められない💦


人間関係、嫌なことがなかったわけではないけれど、マイペースに徹することができたのは、後にも先にも母のお陰かも。


三年後に、グループの課長が栄転。

あなたのお陰だよ。あなたがグループにいてくれて助かった、と思わぬことを言われた。

自分に自信が持てた✋

一瞬だけだけどね😂


その後二年努めて、きっちり辞めた。

辞めるつもり無かったけど、

じわじわと、親のことを考え始めてたから。

介護の前に、やりたいことが浮かんできたのも、

夙の文字のお陰かも。


そのうちいつか、なんて、ないかも、、

親の残り時間を数え始めたのも、この頃だった。