【改訂】定年遍路記 目次

 

 

1996年10月07日(月)

小雨のち晴

 

 

勤行、そしてご住職より難問を受く

 4時30分起床。すぐに未明の外をうかがうと小雨だが間違いなく降っている。それに寒い。これは大変だ。下山をどのようにすべきか考えるも名案なし。テレビがないので天気予報がわからない。 
 6時より勤行。ただ1人、お勤めに末席で参加させていただく。ありがたいことに、電気マットに座らせていただく。お経は難しくてさっぱりわからず、実に長い。時々青年修行僧のリンとした主導的読経で寺僧全員の読経が続く。約40分くらいして終了する。ご住職が自分のひざ元にわざわざお越しになり「いかがですか、四国はどうでしたか、何日かかりましたか」とそのほかいろいろ話しかけてくださる。ご住職には修行僧より事前に四国遍路のあとのお礼参りとの報告がいっていたようだ。突然、「お大師さんに会われましたか?」との質問に絶句する。お大師さんに会う、という言葉はよく使われる。しかし自分にはとてもそのような準備段階でもないし資格もない。「どうお答えしてよいのかわかりません。四国お遍路を終えてのお大師さんへのお礼参りの身です。自分はいまだ般若心経を満足に唱えられぬ身なのです」とお答えすると「では般若心経をとなえましょう」とのお言葉で待機していた寺僧方々により一斉に唱和が始まる。自分も懸命についていく。ところが感激と興奮で涙が出て止まらない。経本に書かれたお経の字が読めなくなる。自分の希望でこうして皆さんに唱和してもらっているというのに肝心の自分が興奮して声が出ないとは。
 このあとご住職のお部屋へ招かれ茶菓子のお接待を受ける。四国遍路のもろもろの事やお寺のこと(土佐の三十一番五台山竹林寺でご修行の経験をお持ちであろうか)、そして宝塚の中山寺、清荒神の阪神大震災による地震被害の状況などにも話題が移ったりしていろいろお話させていただき、寒気小雨のなかの下山に関するねんごろなご注意をいただいて、またもやとめどない涙でお礼を述べてお部屋を辞す。