【改訂】定年遍路記 目次

 

 

あとがき

 この遍路の翌年平成9年6月、今度は大型バイクで再び八十八ヶ寺を巡った。9日を要した。その動機にはいろいろあるが、なんといってもお接待をいただいた方々へのお礼にもう一度訪れたかったのである。道ですれ違い際にお接待をいただいた方々にはお礼の仕様がない。しかし民宿や各種の店の人からまたとない心尽くしのお接待を受け感謝感激したことをこのまま放置しておくに忍びなかったのである。再訪するにあたってわずかばかりの粗品を持参した。そして、その節は誠に有り難うございました、これこれこういうことをしていただいて良い思い出になっております、とお礼を述べた。ところがどの人もきまってはじめはキョトンとしておられる。そんなことあったかナー、いろいろの人に沢山出会うから覚えていないけど…。そういえば少しずつ思い出してきたナー、といった状態である。
 ご当人にとってはそうであろう、よくわかる。沢山の遍路者にほぼ毎日出会い、その都度、無理なくごく自然にお接待をなさる、その習慣、お心掛けが自然に出来上がっておいでなのだから。しかしこちらにしてみれば緊張している時に優しいお心遣いだからたまらなく感激する。このみがえりのない奉仕精神、自分も残り少ない余生。遅きに失っしてもお大師さんのご加護にすがって心掛けていきたいものと思う。
 ところで今回のバイク遍路で自分の遍路心がいかにたよりないというか弱いものであるかつくづくと感じたのである。それはバイクでは仏の御心に少しでも近づこうという感激が自分の場合はなかなか湧いてこないという事である。歩いた道を出来るだけ忠実にゆっくりと思い出しながら遍路道をたどったのであるが、走りながら次の3回目、近い将来もし機会があっても、そして乗り物を余儀なくされる夫婦との遍路であっても、さて自分の現在での宗教心では乗り物遍路でも満足できるだけの宗教への執着心を持ち続ける事が出来るのであろうかと何度も考えさせられたのである。
 徒歩遍路の時には、ところどころで歩き遍路とはすごいなーとの評価を戴いた。その度に、徒歩であれ乗り物であれ足の手段は問われておりませんよ、お大師さんだって舟をご利用なさっているのだから、現代風に、また人によっては事情がそれぞれおありであろうことだから、本の解説にも肉体的な無理を重ねるのではなくごく自然体で霊場を訪れお大師さんと一緒にいるということに喜びを感じる、それが大切ですと書いてありますし、と人によっては受けごたえしてきた。
 ところが残念な事に、自分が乗り物に乗ってみると、遍路への執着心が薄らいで最後の八十八番大窪寺まで続けられるのであろうかと何度も自信がゆらいでくる。どうも面白くない。面白くないという表現が不謹慎で不適切であるならば、緊張感というかお遍路を続けるハリというのであろうか、それがないのである。
 それに対し周りの人の宗教心の強さにはジワジワと感心させられるのである。その人達は、車を利用しているがそれはあくまで足に関する一つの手段であって霊場を訪れ敬虔な気持にひたる喜びをひしひしと感じている、そういう雰囲気にあふれているのである。称名ひとつとってみてもその熱心さに考えさせられる。ほとんどの人がご本尊、お大師様へ読経がある。霊場から霊場への道中の苦楽は問題外、あくまで霊場参拝の喜びである。お大師さんと一緒、同行二人の喜びである。それはこの遍路道中だけでなく普段の生活に密着している、お大師さんと生活をも一緒にしている、その喜びをお大師さんが修行された霊場でも一緒に味あわせてほしい、そのような積極的で敬虔な雰囲気が感じ取れる。この喜び、お大師さんと毎日が一緒という強い心のハリがあるから、高速乗り物の持つ単調というか道中の変化など諸事些事にして不問に付すという、やはり面白味の少ない行程でも(と自分にはどうしても今回は感じたのであるが)問題にならないというか看過されるのであろう。
 いずれは近い将来自分も足腰弱って、機会があっても乗り物遍路に頼らなければならなくなるであろう。その時に今回のバイク遍路で感じたような淋しい思いが無縁のものになるように宗教心を深めていかなければならぬ、と今のところこのように考えている。
 この年初に母が他界したが、その棺に菅笠からお杖、白衣等の徒歩遍路で用いた一切の身の回り品、そして納経書を納棺した。健康に生み育ててくれた母への感謝の気持である。そして仏の御心にまもられて西方浄土で心安らかにと祈ったのである。 
 平成9年7月                            著者 

 

 

 

参考文献

へんろみち / 中島久雄著(保育社)

四国お遍路こころの旅 / ひろさちや編著(日本実業出版社)
定年からは同行二人 / 小林淳宏(PHP研究所)
四国八十八札所遍路記 / 西端さかえ(大法輪閣)

四国八十八カ所巡拝の道しるべ / 小林茂(日地出版)


上林三郎(かんばやし さぶろう)
昭和11年9月 京都府宇治市生まれ
昭和36年 京大理学部卒、同年民間会社に就職

平成8年6月退職 

 


定年遍路記 
1998年6月25日 初版発行 
著者 上林三郎 
発行者 熊谷英央 
発行所 文藝書房 
〒101-0025 東京都千代田区神田佐久間町1-8-2-10 
電話 03 (3258)7284 
振替 00140-5-571393 
ISBN4-89477-001-6 C0095