土佐の国、修行の道場
修行の国、土佐には二十四番最御崎寺から三十九番延光寺までの一六ヶ寺がある。修行とは、ひろさちや氏の説くところによれば難行苦行のそれではなく、人の能力、環境、状況に応じて、即ちマイペースで仏の道を求めて歩くということのようだ。
1996年9月06日(金)
晴れ午後曇 2回ポツリポツリと降る
お腹のすくことったら、子供並み!!
初めて寝過ごして6時過ぎ起床。6時半出発す。
国民宿舎は良い面が多いのであるが、難点は歩いて行くには不便なところが多いこと。もう1つが、徒歩遍路者に関してだけのことであるが、朝食が遅いこと。早くて7時、普通は7時30分。これが待てない。そこで今朝も朝食抜きで宿を出る。朝食抜きと言っても自分の場合はなにも食べないで出るというわけではない。
徒歩遍路となると夕食が待ちきれんぐらい、ものすごくお腹がすく。在職中の普段なら副食とビールだけで夕食はすましてきたのである。ところが徒歩遍路で宿に着くと風呂までの時間も少しあってビールをまず1本いただく。待望の夕食時には、美味しくて結構ボリュームのある副食をビール2本で楽しみ、その上にご飯をさらに1、2ハイ、ごくわずかの漬物でいただくことになる。食べ終わるとお腹がポンポン、よく食ったなーという感じ。ところが不思議と毎夜、深夜の1、2時過ぎに目が覚める。そこで缶ビールを飲みながら約1時間、日記や葉書を書く。朝4時半頃にめざめる。この時にまず感じるのはハラがすいたなーということ。昨夜お腹一杯いただいたものはどこへいってしまったのだ?! お腹をさするとペシャンコになっている。オーバーな表現をすると押さえた指先は背中の皮まで何センチだ? となる。あれだけビールをがぶ飲みしたのにトイレが遠い。毎朝これが不思議でならない。恥ずかしきながら、育ち盛りの子供とかわらない。このような状態だから民宿の早い朝食の6時でも、そこまで待てない、そこで起き上がるとほぼ同時に、リュックから、昨夕密かに持ち込んだ缶ビールとアジの味付け干物や炒り豆などをもち出して、お腹に不十分ながら一時的に詰め込むことになる。だから前日、宿に入る前は酒屋を探し、缶ビールとあて物を買い込むのは真剣である。もし足が疲労困憊、1キロも歩くこと能わず(毎日がそうだが)となって買いそこなったりすると、2倍近い高い宿の飲み物をさらににがい味でいただかなければならなくなる。


