遡る事
50数年前の おはなしです
中学時代🏀部活の合間をぬって
龍神山山麓を
石器を求めて🚴で
拾い集めていました
主に、狐塚と宮平と言う
遺跡でした
狐塚の方が
数が圧倒してました
秋~初冬
畑に農作物がなくなる
時期をみはからって
雨上がりの翌日に行くと
畑の表面に石器が浮き上がり
興奮して
拾い集めたものです
家に帰り水洗いするのが
楽しみでした
当時
石器など拾っている人など
誰1人として見かけませんでした
宮平遺跡は
当時、畑しかありません
遠方に波付き岩があり
あの辺りまで海だったんだな―と
入り江のイメージをしたと
記憶してます
この写真は
中学時代に撮影した📷️
宮平周辺、龍神山方面を望む
石器を拾い集めていました
写真が好きで
日常的に📷️を携行してました
こちらの写真は狐塚です
(上)から恋瀬川の堤防から
(中)は近景
(下)は拾い集めた畑
もうちょい右側に
民家が一家あった
と記憶してます
土器片は見かけませんでした
✳️実測図は解りやすくする為
実際より濃くしてます
(図は今でも現存してます)
点を追って書いた物です
200点位
4センチ位の黒曜石の矢じりや
5センチ位の石匙等々

高校時代、地学の先生から
ハインリヒ・シュリーマンの
ギリシャ神話にでてくる
トロイヤを発掘した物語や
日本の旧石器時代の存在
を証明した
相沢忠洋氏の岩宿遺跡
の物語等々
ワクワクしながら
読んだ事を記憶してます
✳️話は変わります
当時
同級生のお兄さんが
たまたま教育委員会にいて
お母さんに預けて
上京したと記憶してます
それっきり今まで
行方知れず
自分もいつの間にか72歳
風土記の丘(資料館)が1990年に
できた事は知ってましたが
その頃は毎日
残業.残業で忙しく
石器の事は忘れていて
なかなか足が
向きませんでしたが
ずっと心の隅にあった
「存在感」
今この年齢になり
自分の趣味も
2~3有りますが
中学時代からの想いを
何とか象(かたち)にしようと
最初の一歩を踏み出しました
たまたま
2026年5月
急に思いたって
前述した風土記の丘に
初めて行ってみました❗️
内心
「ひよっとして夢中で集めた
石器たちに会えるんじゃないか
という想い」が❓️
展示室に入り
1点の石器に目が止まりました💓
見るなりすぐ解りました
宮平遺跡の「磨製石斧」
タイムスリップしました
帰宅してから教育委員会に📱
その夜は嬉しさの余り
なかなか眠れませんでした
「奇跡がおきました」
狐塚の石器は行方知れずですが
まだ管理センターに
眠っているのでは⁉️という
楽しみが残っています
歴史ボランティアの先生が
丁寧に説明して下さいました
その節は
お世話になりました
パンフレットより




