この神社、まさに鎌倉幕府とほぼ同じ誕生のタイミングでできたようです。
いまでこそ住宅街の小山の上にあり、野球場や広場が横にありますが、ワタシの知っている45年ほどの前は、境内の裏の山は、草が茂ったり、畑があったり、雑木林があったりで、カブトムシを採りにいったりした場所でした。
参道の階段を上がっていくと、ゆずの大きな絵がありました。ワタシの通っていた中学の後輩ということになりますが、絵画まで神社にあるとは、たいしたものです。
拝殿は真っ赤に塗られ、きれいな状態です。45年前の拝殿の記憶がまったくないのですが、きれい好きの神様にはふさわしい建物です。
ご朱印をいただき、ゆずマップなる地図もいただきました。
案内板
「岡村の天神さま」として、土地の人々から親しまれてきました岡村天満宮の創立年代は不詳ですが、縁起によると鎌倉時代の建久年間(1190~1198)に源頼朝の家臣が京都の北野天満宮の分霊をいただいて、この地に社を創建したといいます。明治43年、杉山神社と大神宮を合祀して、杉山天満宮と称するようになりましたが、昭和5年、永らく親しまれてきた町名をとって、岡村天満宮と改称しました。
大正期には、元町薬師、野毛山不動とともに三大縁日としてにぎわいました。境内には、「撫でれば患部の苦痛が除かれる。」という石の牛像を始め筆塚、針塚などや、大正の頃ハマツ子に親しまれた大阪役者「市川荒二郎」らの寄進した石灯篭もみられます。
また、この神社ゆかりの横浜人形「西瓜天神」や絵馬は特色のあるものです。
社団法人横浜国際観光協会 横浜市教育委員会文化財課 平成2年3月
2012年3月31日 訪問
