🌻は東京ディズニーランドが大好きで年に一回は必ずTDLにいくことが目標であり生き甲斐だったようでした。
🌻とTDLは開園の年に生まれた同級生!
幼い頃、関東に住んでいたこともあり何度か連れて行っていたので夢の国の虜になったのはその影響もあったのでしょう。
大人になってもTDL熱は変わりませんでした。
だから当然お嬢も坊もTDLが大好きで毎年楽しみにしていてそれは闘病中でも変わることはありませんでした。
闘病中でもTDL行きの目標額を確保するために節約し
抗がん剤治療の合間に行くために副作用の時期を逆算し
子供達の学校、仕事の休みを調整しウキウキと計画を立てる。
病気が再発してからは特に一回でも多く行きたいと思ったのか、今行かねば!と思ったのか、年に2回行くときもあり
旅費を節約するために自分の車でこの北陸の田舎から550kmに及ぶ距離をゼロ泊3日の弾丸ツアーのごとく決行したこともありました。
体調が万全ではないのに無茶を通す🌻
私には理解できなかった。
抗がん剤治療による体力低下や免疫低下を心配し後先を考えない🌻に反対する私とどれだけケンカしたことか!

🌻は心配しすぎというけど私は帰宅するまで心配で心配で…(;゚Д゚)
倒れこむように帰ってきたら当然体調崩し何日も動けない(;-Д-)
(その時はさすがに二度と一人運転では行かない!と言ってましたが…)
今となっては大好きな場所で大切な子供達、大好きな従姉妹達と幸せな時を何度も過ごせたんだからそれで良かったんだなと思います。
そのくらい大好きでどうしても行かなければならないTDLでしたが
昨年2020年も計画はしていましたが実現することができませんでした。
昨年1月に🌻と相談し3月、春休早々に私も仕事を一週間ほど休みを取り4人でゆっくり贅沢旅行しようと決めていました。
その前に主治医からの余命宣告はあったものの自他共に急激な体力の低下は認められず
わりと元気だったのであまり現実的には捉えていませんでした。
他の選択肢や可能性もあり、又、新しい治療(ゲノム医療)にもチャレンジする話も出ていて、🌻もやる気満々で私もまだまだ今から巻き返せると思っていたのです。
1月末のある日、緩和ケアのSさんとの面談で今後の心構えみたいな話になり、
「旅行とか今のうちに出来ることは早めにしておいたほうが良いですよ。」
との助言をいただき、
すぐにダメになることはないだろうけど体力的にもTDLはこれがきっと最後になるのかもと思い知らされ
今まで私は🌻から何度誘われても拒否してきたのですが今回は一緒にいかなければ後悔すると思ったのです。
家族4人で贅沢なホテルに泊まって出来る限りの散財をして🌻の望みを叶えてあげよう!
お嬢や坊にも最後の想い出、特別で強烈に残るように目一杯楽しませよう!
私も🌻の喜んでる顔を目に焼き付けよう!
車椅子で体の不自由はあっても喜ぶだろうなと…
毎回TDLでは関東に住む🌻の大好きな従姉妹達と一緒に楽しんでいたから従姉妹達には今の状態を伝えて一緒に最後の思い出づくりに協力してもらうつもりでいました。
でも、
でも、
予想もしなかった見えない敵が現れ行く手を阻み最後の願いもむなしく消し去ったのです。
《憎っくきコロナ!!》
日本中そうですがコロナが始まりあれよあれよといううちに全く動けなくなってTDLどころか家からも出れなくなってしまいました。
こんなことが予想できていたなら春休みなんて待たず学校を休ませてでも1月の時点で行っていたと思います。
TDLと同い年にこの世に生まれ、共に36年の歴史を刻み、最後の夢の国行きは敵に阻まれ叶いませんでしたが
その後🌻は命尽き、TDLは歴史上初の休園から今もなお大打撃を受けている。
運命を感じずにはいられません。