ジンボーさんとの飲み会。の前に?
昨夜は僕にとっての恩人と言っても過言ではない方とお酒を飲みに行きました。
その方は今、第二音楽室という会社を経営されているジンボー社長さんです。
出会ってからもう5年がたちます。
当時、ゆきみが車椅子の卓球でパラリンピックを目指していて、日本代表の資格を取るためには海外遠征して試合に自費で出場してポイントをかせがなければならなかったため、お金のない僕が友達に相談したら、チームゆきみのHPを立ち上げてTシャツやCDを作って販売した収益を資金にまわそう!と言ってくれて、そのためにも人脈作りが必要だからmixiというのに招待するから自分で広げて理解者、協力者を集めろ!と言われてmixiに登録して、自分たち家族のことをプロフィールに書き、日記に書いていったんです。
そんなmixiのプロフィールをみていきなりメッセージをくれたのが当時25歳でK's POCKETというバンドでギターを弾いていたジンボーさんなんです。
その後ゆきみが名古屋の病院で入院中に背骨の曲がりがひどく、整形外科の先生に手術をすすめられたんです。
手術を受けるということは、それまでのように卓球はできなくなると言われ、しかしそのままでは普通に生活していく上であきらかによくないということで、ゆきみはひとりで悩みに悩んだ結果、卓球より生きていく上での生活を選び手術を決断しました。
俺はせっかく夢を持つことができたゆきみが、その夢をあきらめなければならなかった気持ちを思うと、そのときはどうしようもなく悔しくて、苦しくて、情けなくて、結局なにもゆきみの力になれない自分を責めました。
そんな時期にジンボーさんは何気なく
「一度よかったらライブハウスに僕らのライブを観に来てください。」
って誘ってくれたんです。
普通なら、こんな状況なのにのんきにライブなんて行けないって思うところだったんでしょうが、僕もなんとなく気分転換もたまには必要かな?って吉祥寺まで足を運んだんです。
ネット上でのやりとりはあったものの、リアルにお会いするのは初めてだったし、ライブハウスに行くのも初めての僕はメッチャ緊張してライブハウスの重たいドアを開けました。
暗く小さな会場にいっぱいの人。
そんな中にジンボーさんらしき人発見!
でもなかなか声をかけられなかった。
そんな僕に気づいてくれたジンボーさんはビックリしたあと満面の笑顔で僕が来たことを喜んでくれた。
それがリアルな最初の出会い。
最初はなれない会場の隅っこで控えめにしていた僕も、あの小さな会場で聴く生演奏の迫力と、あったかい雰囲気に気持ちが和んでいきました。
このジンボーさんとのライブハウスでの出会い、ジンボーさんが僕をmixiで見つけてくれて誘ってくれたおかげで、僕はその年の夏の3ヶ月間、ゆきみの名古屋での手術、入院生活に向き合っていけたんです。
肉体的に毎週名古屋への車での往復はたいへんだったけど、わざわざ土曜日の晩に吉祥寺でライブがあると車で走ってライブを観てから名古屋まで夜走りしたものです。
楽しい空間でいろんな音楽に触れ、たくさんの笑顔に力をもらえたから、毎週名古屋まで元気に通えたんです。
だからジンボーさんは現在、僕を支えてくれる東京の音楽を通じて知り合った大切な仲間の原点の方なんです。
そんなジンボーさんが仕事で箱根まできて夕方には終わるから、せっかく近くまで来てるんだから僕とお酒が飲みたいって言ってくれたんだから、そりゃあ僕も久々にお酒を飲んじゃったりするわけですよ(笑)
なんだかんだと昨夜のことを書こうと思って打ちだしたら、ジンボーさんとの出会いのいきさつだけで長くなっちゃった

昨夜の飲み会風景はまたあとでってことで
失礼しやす(笑)
その方は今、第二音楽室という会社を経営されているジンボー社長さんです。
出会ってからもう5年がたちます。
当時、ゆきみが車椅子の卓球でパラリンピックを目指していて、日本代表の資格を取るためには海外遠征して試合に自費で出場してポイントをかせがなければならなかったため、お金のない僕が友達に相談したら、チームゆきみのHPを立ち上げてTシャツやCDを作って販売した収益を資金にまわそう!と言ってくれて、そのためにも人脈作りが必要だからmixiというのに招待するから自分で広げて理解者、協力者を集めろ!と言われてmixiに登録して、自分たち家族のことをプロフィールに書き、日記に書いていったんです。
そんなmixiのプロフィールをみていきなりメッセージをくれたのが当時25歳でK's POCKETというバンドでギターを弾いていたジンボーさんなんです。
その後ゆきみが名古屋の病院で入院中に背骨の曲がりがひどく、整形外科の先生に手術をすすめられたんです。
手術を受けるということは、それまでのように卓球はできなくなると言われ、しかしそのままでは普通に生活していく上であきらかによくないということで、ゆきみはひとりで悩みに悩んだ結果、卓球より生きていく上での生活を選び手術を決断しました。
俺はせっかく夢を持つことができたゆきみが、その夢をあきらめなければならなかった気持ちを思うと、そのときはどうしようもなく悔しくて、苦しくて、情けなくて、結局なにもゆきみの力になれない自分を責めました。
そんな時期にジンボーさんは何気なく
「一度よかったらライブハウスに僕らのライブを観に来てください。」
って誘ってくれたんです。
普通なら、こんな状況なのにのんきにライブなんて行けないって思うところだったんでしょうが、僕もなんとなく気分転換もたまには必要かな?って吉祥寺まで足を運んだんです。
ネット上でのやりとりはあったものの、リアルにお会いするのは初めてだったし、ライブハウスに行くのも初めての僕はメッチャ緊張してライブハウスの重たいドアを開けました。
暗く小さな会場にいっぱいの人。
そんな中にジンボーさんらしき人発見!
でもなかなか声をかけられなかった。
そんな僕に気づいてくれたジンボーさんはビックリしたあと満面の笑顔で僕が来たことを喜んでくれた。
それがリアルな最初の出会い。
最初はなれない会場の隅っこで控えめにしていた僕も、あの小さな会場で聴く生演奏の迫力と、あったかい雰囲気に気持ちが和んでいきました。
このジンボーさんとのライブハウスでの出会い、ジンボーさんが僕をmixiで見つけてくれて誘ってくれたおかげで、僕はその年の夏の3ヶ月間、ゆきみの名古屋での手術、入院生活に向き合っていけたんです。
肉体的に毎週名古屋への車での往復はたいへんだったけど、わざわざ土曜日の晩に吉祥寺でライブがあると車で走ってライブを観てから名古屋まで夜走りしたものです。
楽しい空間でいろんな音楽に触れ、たくさんの笑顔に力をもらえたから、毎週名古屋まで元気に通えたんです。
だからジンボーさんは現在、僕を支えてくれる東京の音楽を通じて知り合った大切な仲間の原点の方なんです。
そんなジンボーさんが仕事で箱根まできて夕方には終わるから、せっかく近くまで来てるんだから僕とお酒が飲みたいって言ってくれたんだから、そりゃあ僕も久々にお酒を飲んじゃったりするわけですよ(笑)
なんだかんだと昨夜のことを書こうと思って打ちだしたら、ジンボーさんとの出会いのいきさつだけで長くなっちゃった


昨夜の飲み会風景はまたあとでってことで

失礼しやす(笑)