僕と音楽(第七章?) | ちゃ~べんの「がははは人生」

僕と音楽(第七章?)

ジンボーさんとのご縁が僕の生活リズムを大きく変えた!

ゆきみは背骨の曲がりがひどく、片側の骨盤と肋骨の一番下の骨がくっついてしまうほどになっていた。

いま手術をしなければ将来生活していく上で非常にたいへんなことになると言われた。

しかし、手術をすると、背骨や骨盤をステンレスの支柱で矯正し、ボルトでとめることになり、今までのように卓球はできなくなると言われた。

ゆきみは考えた末、卓球をあきらめた。

パラリンピックへの道のりのための話はなくなった。

しかし、mixiでのご縁は残った。

ジンボーさんが当時在籍していたK's POCKETというバンドのライブがあるということでよかったら観に来ないかと誘ってくれた。

上がったり下がったりの日々に疲れていた僕は、気分転換になればという思いと、ジンボーさんに対する興味から吉祥寺のライブハウスに足を運んだ。

僕のライブハウスのお客としてのデビューである。

地下の小さな空間に鳴り響く音楽!

僕はジンボーさんを見つけ挨拶をすると、ほんとに来た!と驚きの顔と、そのあと満面の笑顔で僕を迎えてくれた。

お笑い芸人の司会に熱い音楽。

正直びっくりしたが、ライブをこんな身近で見て、終わったあとに出演者の方と話ができるなんてとても楽しい空間だと思ったわけです。

みんな自分の音楽に一生懸命でうらやましかったのかもしれない。

僕は毎日の生活で必死だったから


それからゆきみの手術のための名古屋の病院での入院までの間、何回か足を運んだ。


ゆきみは大手術のため名古屋で3ヶ月の入院だった。

僕は毎週日曜日に車で着替えを持ってゆきみの待つ名古屋に行くことになるのだが、たいてい土曜日にはライブハウスでイベントがあったり、吉祥寺で知り合った仁井山くんが組んでいたユニットのクラブイベントがあったりしたから、土曜日の夜、仕事を片づけてまずは東に走りライブイベントを観て、夜中車を西に走らせ名古屋に朝着いて、ゆきみと一日過ごして熱海に夜車を走らせた。

車での走行距離がやたら増えた時期である。

つまりは車内で音楽を聴く時間もハンパなかった。

ライブとCDとライブハウスで知り合ったアーティストやお客仲間の笑顔が僕ね精神的な疲れを癒してくれたから、名古屋へ毎週通うこともあまり苦もなくこなせたのだ。



つらいときは車の中でひとりでバカみたいに唄ってたんだ。


そしてゆきみが退院。

ゆきみはレゲエやヒップホップなどを聴くようになったので、共通の話題を持つためにもゆきみの好きな歌のCDを買ったりした。

湘南乃風

MEGARYU

ムーミン

ケツメイシ

HOME MADE家族

童子-T

KREVA




つづくなり。