37歳で

上京した






2年で帰るという制約のもと

東京に行った







行く前からの1つの表題として

こういう言葉をよく口にしていた





一流がながひろに触れ

ながひろが一流に触れる







それと



政治家になるために、日本の人口の半分近くの5000万人が住む

関東平野を見ておかないと、何も本当のことは分からない





もう一つ





東京に2年住んで

その後中国に2年住んで

それから参議院に出る






この3つは上京の目的の柱だった










帰ってきてまず思ったことは

仕事で各地を転々として

10年も地元を離れていると

当時小学生だった子たちが大人になり

当時中学生だった子たちが街の有名人になって





俺たちの世代で頑張っているメンバーと会えても

ごく少数に過ぎず






完全に俺は浦島太郎だった








そして次に思ったのは

努力したいではなくて




後が無い。






ここで失われた青春のすべきだった努力や

当時途中で、崩壊したことで止まったままの、あの鬼のような努力鍛錬の続きをしないと








もうその辺で飲みの帰りに独り言をつぶやいているような

よくいるおじさんになってしまう









ある女の子が言っていた








あなたの夢の続きを見たいよ








俺は全て理解するまでに時間がかかる





サンタクロースを小5まで信じていたような

どうせ一途じゃないからと、学生時代にかわいい女子達の告白を無残にも断り続けるような

大学で自分を苦しめるような日々を自ら選ぶような

両思いの女の子との20歳の時の恋愛を、自ら壊すような








   ただしかし  あとの祭りは  盛大に 

     気づき失う   よそじ嬉しや





気づくのが早いことも多く




誰しも似たような経験があるから人気なんだろうけれども

三井寿の、中学の財産だけでということばに

誰よりも共感してしまうあの日々さえもう遠くなりしに









さっきの女の子の言葉にしろ

東京で、起きたK4Qにしろ




(K4Q・・・警報級の暴風雨のなかで誰よりも1番頑張ったこと。King For Queenの略。ながひろ用語。)








まだあの続きなら











負けないどころか

勝ち続ける四十路もあり得るのだ








     ささうると  余所時熟れしや  祭り事

     国際ならで  地球なりやと







まつやまつともまちくたびれやさせぬは











一流という人は沢山いた




本当に沢山いた






見せられるほどに嬉しくなり

俺も水を得た魚のように自由自在に舞い飽きた








しかし超一流はいたか?








自分の目標としての超一流を描こうとしても





一流はとてつもなくたくさん会えたにしても





目標とするほどの超一流はいただろうかと探すうちに気づく









俺がそれになるのだ