我々の時代は

高校の時に

九州から東京長野へのディズニーランドやスキーの

修学旅行ではなく





中国修学旅行だった






まだ新聞や雑誌では


発展途上国の中国がこれから10年でうなぎ登りに成長するから

中国ビジネスの論評や広告

中国株や中国語の本や中国起業のすすめであふれていた2000年






俺は必然的に

Vステーション(TSUTAYA以前にあったレンタルビデオ屋)でドラゴン怒りの鉄拳に辿り着いたし

当然リー・リンチェイに辿り着いたし

レオン・ライや、香港四天王を見て青春を過ごしたし

ジャッキー・チェンがむしろ古い時代に高校時代を過ごした





インターネットショッピングで

ジョイ・ウォンのCDを買って聴いていたし


1999年末にGLAYとラルクがコラボして
一旦栄華が絶頂のもとに終わったあの時代


浜崎あゆみの新曲が鈍るようになり
宇多田ヒカルが変な曲を出すようになったり
GLAYの新曲がいまいちで
ラルクは活動停止状態で


その他の歌手も名前だけビッグで
曲が大したことなくなっていき、



日本の音楽が完全に廃れて、


三木道三とかいうくだらない音楽のようなものがたまに流行る程度の
暗黒時代のJ-popには見向きもせず



シェティンフォンを聴いていたし


すべてが香港明星中心の15歳〜17歳を過ごした






朝4時から高校近くまでジョギングをして
高校が終わっても県南グラウンドや川沿いを走っていて
毎日欠かさず筋トレをしていたのもその時代だ








40歳になったときに
一人で三泊四日の香港旅行をしたのも


長年の夢だったが
思っていた香港とは違って





東京では決してありえないような

国際都市としての大都会だった






いわゆるインターナショナルシティを経験して








香港で何年か生活したいと思うようになった





それまでは大陸に行きたいと思うことも多かったが

香港は決して狭くなく、

そして

ある意味では東京よりも都会だった






一人でふらついて見知らぬ教会の2香港ドルのお粥を食べたり

香港国際空港の若い女性職員ナンパして微信を交換したり

香港大学やビクトリア・ピークの夜景や尖沙咀や中湾や

土曜の夜の繁華街を遊び尽くして

たまたまナンパした旅行者の20歳のインドネシアのかわいい女の子と夜を共にしたり







充実した旅行だった










予定も何も立てず

自由に思いつきであちこち行く旅行にしてたからこそ

見れた景色がたくさんある。






欧州人が多いのが一番の驚きだった










日本人が日本語なまりのカタコトの英語を喋って話しかけてきたりして

何が目的か知らんけど

そういうのも楽しめた










この時代に中国が好きだと言ったり




中国共産党がいい政策をしていると言ったり







私の発言はなんと呼ばれるのだろうか






私は日本人であり、世界人だ。







香港人が、自分たちのことを香港人と呼び



ときに世界人という言葉を使うように





私は東アジア全体の発展を考えている







アメリカの軍事的脅しによる干渉や

西側東側の利権争いによる

被害と呼べる各アジア諸国の南北戦争






朝鮮半島は継続中だし、ベトナムは最大の被害国だし

台湾も東西覇権争いにまた巻き込まれ始めている








わたしは

戦争を考えるときに





青春時代を過ごした広島市のことがいつもまず念頭にある




戦争の話に政治屋が持っていこうとするたびに

広島からの考え方に基づいて発言してしまう







正しいことのはずなのだが





まだ沖縄に行ったことが一度もないから

また違った目線で考えるときに




沖縄の戦没者、戦争被害者の歴史を
旅行して学んでみたいとも思うがそんなお金はない



三泊四日ほどで
沖縄の地上戦の本質を読み取りにいきたいと最近考えている



日本軍の狼藉のほうがひどかったという
裏の意味で書かれているのも
おそらく本当だろうし
わたしは行ったことがないから

その絶妙な本心まではまだ知らない





海水浴で浮かれている

遊びで来ている若者たちが少ない冬に行きたかった。









台湾戦争がもしないとするならば









おそらく私のような


中国と中国共産党が

まだ

憧れとして見れている私のような

存在が力を持ち始めたとき






平和という言葉すら使わず







外交交渉のみで

解決できうる時代になると信じている






重ねて言うが



自動車輸出の政治献金の利権のために

86兆円の国民から絞り尽くした大量の税金を

アメリカに献上しているような

ときの政治屋たちに





まかせてはいられないのだ







平成生まれが、昭和生まれの重鎮みたいに偉そうにしている

おじさんおばあさんたちに臆することなく


どうどうと正しいことを出来るようになれば





未来は明るい