香港から日本に旅行に来るルートとして
福岡空港に格安航空券で来たあとに
割安で泊まれる熊本市内のホテルに泊まると、かなり旅費が安く済む
それから、夜の下通りアーケード街を散策したあと、
夕ごはんを食べるにあたって
英語表記のない飲食店に入るのは
かなり勇気のいることなので
ふらふらしている香港人が夜の熊本市にはたくさんいる
まず、ここに平日の飲食店に、英語表記を表の看板に出すことのみで
かなり商機があることを明記しておく
翌日
一応熊本城を見たあと
新幹線で福岡に行き、
博多天神を散策して
ここではわりと香港人に対応している店が多いので
それなりに楽しんだあと、
新幹線で大阪と東京に行くパターンになる
日本における香港人の入り口みたいになっている
熊本市は、
英語表記のお店が少ないし
そもそもそのことに気付いていないように思う
熊本空港に来る香港人よりも、
福岡空港から熊本にやってくる香港人が圧倒的に多いのだ
結果コンビニでおにぎりを買ってホテルで
寝る子達が多くなってしまっている
それが年間、数百万人規模であるにも関わらず
中国人と台湾人と香港人の違いに対応しきれていない
日本国内でも昔、
観光客の流動の動線を考えていたはず
黒川温泉に来た人たちは、どのルートで阿蘇市内に向かうか
カドリードミニオンを観た人たちは、どこに泊まり、何泊する傾向にあるか
今、台湾人が、観光サイトで推奨されているルートで
熊本市内のホテルから、在来線で
八代のくまモンポートに家族連れで向かうことが多い
八代市は、そのためのバスを新しい路線として作った
仮に、
ほとんどがそうであるのだが
昼の時間帯にくまモンポートに来た多くの台湾人は
どこでお昼ごはんを食べているのだろうか
ご飯が美味しかったという
台湾語の口コミがあれば
そこへ平日の昼に人が集まる
八代市のくまモンポートへの
動線の途中に、お昼ごはんを食べる場所を
ネット戦略で自分のお店に設定しておけば
平日のお昼でも夕方でも賑わうパターンが発生している
もし国内の旅行者が
よし!熊本に旅行しよう!と思ったときに
九州内の女の子のグループは、車でドライブするパターンの旅行になる
これが広島の若者が来たと想定した時に
新幹線で熊本市内に到着し
熊本城を見たとして
格安で阿蘇に行けるルートは
在来線。
理にかなっている。
くまモンポートを
見に行くとする
おそらく、初めての、八代海をみることになる
八代海をその場所で初めて見る国内外の観光客に対して
どのように説明するか
戦国時代以前からの、八代海埋め立ての
古い歴史を、資料館として展示して説明するか
あの大津波の歴史を地元の人達にも分かりやすいように
文章で説明するか
それとも
くまモンのキーホルダーを売って
レストランで地元とは何の関係もない
ありきたりなカレーでも提供するのか
観光は体験を商売とするようなものだ
日常から離れ、旅行先に行ったときに、
どんな街で、どんなことがあったかを
口コミサイトや写真で広がる時代になってから久しい
バスで松浜軒に来て
日奈久温泉街にたどり着いた中国人や韓国人をたまに見かける
話は戻るが
英語表記が少ないので
彼らは、何の歴史なのか
分からないまま帰る
八代宮の南北朝時代からの役割や
地図に存在しなかった相良城への
敗戦の将の隠棲のためのルートには
五木の恐ろしい子守唄があり
平家の相良手前での割拠
球磨川登りが不可能なことの説明や
南北朝時代に菊池武光が筑紫まで北朝軍を追い返した
相良城、八代城、菊池城などの
熊本城が築城する以前の、太古のこのエリアのお話や
そもそも清正公の肥後赴任以前からの
金峰山の軍としての拠点が
熊本の陸軍の歴史につながり
今でも太古でも、あの一帯が陸軍の拠点で
なおかつ、それが宮崎においては海軍の歴史として
いまでも全ての皇太子が旅行に来ている宮崎神宮などの
大きな視野を持って、九州の旅行を楽しめるように
まず私がこんな文章を少し書いた
菊池武光、南北朝政争、金峰山、八代海の何故か液状化現象が全く起きない太古の技術による干拓事業の凄まじさ、相良人吉城の、鉄道や219、高速やヘリコプター以前の徒歩時代の恐るべきルート、子守唄の意味、平家の具体的に誰が五木までたどり着いたのか、何千人だったのか、
地元の人でも知らないような楽しい歴史が
せめて、このエリアの観光には
説明として求められている。
そのついでに
温泉にでも入ればいいのではないかと思う。
八代観光をするのであるとするならば。