身近な人間が亡くなりそうなとき、神 と現実の病院 というものにイヤでも直面する

祖母がなくなった時に死亡診断書をみて驚いた。「がん」・・何度も入退院をしていたのに一度も聞いたことがなかったから。
でも、神は助けてはくれない。真実すら提示してくれない。病院は、改変できるのに。

祖母が亡くなる時に、不思議なことは起っていた。祖父は実家で寝たきりだったが、祖母が亡くなったその時間「誰か来たみたいだぞ」と家人を呼んだらしい。家人は、ドアを開けて誰も居ないのを確認した。

どうやら、当時、祖父は神と交流したようだw。昔、神官だったこともあったし。
でも、何かが変わるわけでもない。しかもその話を他の年寄り達は忘れてしまっていた。覚えていたのは私一人。

あのとき、あれほど「不思議だ〜」とみんな騒いでいたのに、なぜ今はみんな覚えていないのだろう?
まあ、忘れることは悪くない。
祖母の死因がガンだなんておかしくても今は誰も何も言わない。書類には残っているが。

母も「そういう文句を言っても生き返るわけじゃないから。」

あれから20年たつとあの不思議現象を覚えている人はもういない。

まとめると、祖父は自宅で寝込んでいた、祖母は入院して寝込んでいた。祖母がなくなった時間帯に祖父は来客者のベルを聴いた。そこにいた人にはわからなかったらしいが、一応ドアを確認した。でも誰もいなかった。

これだけのこと。偶然だといえば、それだけのこと。

最近でいえば、父が亡くなったのは、地味に後で私に効いた。週に何日か、泣いてしまうこともまだある。でもPちゃんには見せられない。
毒親を持った相手に、それはイヤだ。
私は親を亡くしても、彼の前ではフラットでいたい。なので、たぶんPちゃんは私のこの悲しみは知らないし分からない。それでいい。

お互いの感情をすべてまるっと理解できるなんてのはオトナならウソとすぐにわかる。
人間は一人イチ感情、という具合で、似た物は得られてもどれだけ一緒に暮らしても同じ人間にはなれない。だからこその違う感情。

母は一人の生活に慣れようとしている。だから、母の前で父のことで泣いたりはしない。一番ツライのは母のはずなのだ。そう思ってガンバる。今の私の原動力。