苦しみの先に見えた光 -28ページ目

 苦しみの先に見えた光

日常の中で感じる小さな気づきや癒しを共有し、共に心の平穏を目指すブログ

こんにちはニコニコ

 

これは私の事でもあり、精神的に子供のままの大人って 結構います。

ただ、子供のまま成長出来てないと気が付いていない人の方が多いように感じます。

生き辛い原因を周りのせいにしたり、不満が多いです。

(私もまさか自分が精神的に子供だとは思ってもいませんでした)

でも生き辛さの原因を探ると確かに精神的に子供ままでしたあせる

 

こんなことに心当たりがありませんか?

小さい頃 嫌々大人の言う通りに 従ってきませんでしたか?

1回や2回ではなくて 日常的に従わされ成長したでしょうか?

 

何かと言うと暴力を振るわれたり  子どもらしい遊びを禁止されたり

大人の顔色ばかり見て成長してきませんでしたか?

お兄ちゃんだから、お姉ちゃんだからと言われ 我慢ばかりさせられてきませんでしたか?

甘えたくても 甘える事を許されなかった経験はありませんか?

いつも良い子を演じてきませんでしたか?

 

「生きるのか辛い」

「自由にしている人が許せない」

「他人のわがままが許せない」

「自分だけいつも頑張っているように感じる」

「自分は何が好きで、何が嫌いか?がわからない」

 

心理的に成長してして、その結果として社会的の適応しているのと、

心理的に成長していないのに 無理に社会に適応しているのとは全く違います。

心理的に成長していない大人は毎日が不満で、面白くない、満足感がない、

表面的には優しく見えるが、本当の優しさに欠けているように思います。

 

小さい頃、家の手伝いをしたくないのに強制的にやらされた子供は 自分が

親になったとき家の手伝いをしない子を許せない気持ちになります。

 

小さい頃、思いっきり泥だらけになって遊んだ子は どろんこ遊びを卒業していきます。

その年齢にあった 遊びをやった子は 卒業していきます。

しかし、心理的に成長していない大人は 大人のプレッシャーでやりたいことを

やってこなかった人たちです。

思いっきり親に甘え 親に受け止めてもらえた子供は心理的に成長出来ます。

心理的に成長していない大人は 親からの愛を与えてもらえませんでした。

体だけ大きくなった幼児が社会的に責任ある立場に立たされ 生きるのが辛くなっている

人が多くいます。

 

でも、大丈夫ですウインク

自分で自分を成長させてあげる事ができます

私は次の方法で自分を受け止め、認め、愛してきました。

 

心の中に母なる存在をつくり 心の中で会話をしました。

やりたいことをやれる範囲でいいので 叶えてあげました。

湧き上がる心の声に 否定しない。

一日を大切に生きる

祈りの時間をつくる(宗教とは関係ありません。森羅万象に感謝)

自然と触れる

 

そして、よくここまで生きてこれたね。子供も育てられたね。と

そんな自分に心の底から感謝しました。

自分より立派な人はたくさんいます。でもその立派な人が自分と同じ環境で生きてきたら

どうなっていたでしょうか?

恵まれた環境で育った人には理解できない苦悩を経験し、それでもよく頑張ってきたと

自分に心から感謝し、自分を愛しく思うようになると すべてがうまく回り始めます。

物事に反応しない生き方、相手の立場も以前より考えられるようになりました。

出来事に対して良いとか悪いとかのレッテルをはることもなくなりました。

 

お金でもなく、物でもなく、何もなくても存在そのものが幸せを感じます。

最後までお読みいただきありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは!(^^)!

 

ところで 神様ってどこにいるんでしょうか?

小さい頃、親に「神様の罰が当たる」と言われ育ち

私も子育て中 「神様が見ているよ」と言ってましたが、

神様って何?ってかんじで、今考えるとこれって「脅し」ですよ。

こうやって子供に余計な概念を押し付けて連鎖してます。

 

ところで、神社にある鏡に映る自分の姿

「かがみ」から「が」をとると かみ(神)

なるほどね~自分が神なのです!!

ただし、「が」をとると・・・・・と言う事で・・あせる

これが人間にとって簡単ではありませんが 幸せになりたいなら

やるしかありませんウインク

 

 

それは、このままの素直な自分で生きることを受けいれるだけです。

何もしなくていいんです(頑張らなくても 我慢しなくても)

苦しいのはルールの中で生きてきたからで 植え付けてきた

いらない概念を捨てることです。

 

 

長い間の概念を手放すのは「不安や恐怖」がありますが

これを感じたくないと思っていたら 不安がもれなくついてきますショボーン

だって 「嫌だ不安や恐怖感じたくない」と思っていたら それを引き寄せて

いることになりますよね。

 

不安や恐怖を受けいれられないのは 自分のせいじゃなくて

誰かのせいや、何かのせい、にしていれば楽に感じたりして

結局は逃げている事になります。

 

人って本当に「我」が強い生き物なんです。

 

自分のありのまま、そのままの自分を受け入れてみる
過去の傷ついた自分、結構おバカだった自分

立派な親になりたかったけれど なれなかったダメと思っていた自分

幸せは外の何かを頑張れば幸せになれると思っていた自分

 

全部受け入れると覚悟を決めたら

外には幸せはなかったんだ、と気が付き

恐怖や不安を手放して

このままの自分を丸ごと愛してあげられるようになります。

 

神様に愛される方法は自分のそのままを認めてあげる、それだけでした。

 

 

 

 

 

 

こんにちは!(^^)!

 

このお話は自分のことでもあり 私の仲の良い友人の一人の話でもあります。

 

私と友人は小さい時から我慢強く 「自分さえ我慢すれば」と理不尽だと思うことにも我慢して生きてきました。

家族や周りが幸せになるなら 理不尽だと思いながら自分さへ我慢すれば上手く行くと信じてきたのです。

 

(私や友人以外にも 自覚していないけれど 結構我慢している人が多く見受けられます)

 

我慢強いのは一見立派にみえますが 我慢強い人ほど「怒りのエネルギー」

が心に溜まっています。

 

体調が悪い人や 病気がちな人 「怒りのエネルギー」は体に悪影響を及ぼしますよ。

 

 

 

いつも怒ている人とか、すぐに顔に出して 八つ当たりする人は意外にストレスは溜まって

いません。

 

むしろ問題なのは  いつも笑顔だったり  穏やかだったりする人です。

時に「怒りのエネルギー」を弱い子供にぶつけたり 思いもかけない所で怒りを

ぶつけたりします。

 

娘に「お母さんは普段は優しいのに 時々性格悪かった」と言われた事があるので 
無意識で子供に怒りをぶつけていたことがありました。
娘からこのことを聞いた時は本当に申し訳ないと反省しました。

 

怒りが何かのはずみで爆発した時 そのエネルギーは激しく 激怒した人を見て
「どうしちゃたの?あんなに怒る事じゃないのに?」と思ったことは誰にでもあると思います。

我慢して我慢して 関係ない所で爆発爆弾

怒りは弱い者に向かう傾向にあります。

 

いかに怒りを抑圧することが危険な事かわかるでしょうか。

 

又、「怒りのエネルギー」を外に出さない人は 自分の体に怒りを溜め込んでしまいます。

溜め込んだ「怒りのエネルギー」は体を蝕みますから怖いです。

我慢強い人は いかに自分にひどい行為をしているのか…考えてほしいです。

体調が悪い人がいたら 自分の体に聞いてください。

 

小さいころより 「自分さへ我慢すればいいんだ」と頑張ってきても、我慢すればするほど

相手はそれでいいんだと思って もっと横暴になってしまいます。

 

感情を外に出す事に抵抗を感じている人 感情を出して罪悪感を感じる必要はありません。

全てを我慢する必要はないのです。

嫌だと思う事は 感情的にならず はっきり嫌だと言う事です。

 

 

怒りが自分にある事を認め 怒こっている自分のありのままを受けいれてあげる事。

怒っているから心が狭いなんてことはありません。

いい人にならなくてもいいんです。

自分を労わり楽しませてあげていいんです。

 

私は 様々なワークを繰り返し 正当な怒りの表現方法ができるようになりました。
我慢をしなくなったら 家族や友人と上手く行かなくなる?なんてことは一切ありません。

むしろ 自分を労わり 楽しませてあげることで 怒りがなくなり、周りに優しくなれます。

 

怒りを解放する前は 不定愁訴のデパートか?と言うくらい体調が悪かった私ですが

今では薬を飲むこともなくなりました。

 

私の友人も 怒りを出すことを少しづつ許す練習をしています。

先日「こんなこと○○に言ったよ。すっきりした」と言いていました。

 

体調の悪い彼女を長い間 見てきた私としては 嬉しい限りです。 

 

ハートの優しさ