苦しみの先に見えた光 -24ページ目

 苦しみの先に見えた光

日常の中で感じる小さな気づきや癒しを共有し、共に心の平穏を目指すブログ

わたしが大切にしていること

 

 

「体の健康は、食べたものでできている」

これは多くの人が知っていること。

私も、体に入れるものにはできるだけ気をつけてきました。

 

けれど、あるときふと感じたんです。

 

心の健康は、目にするもの、耳にするもの、

そして、自分が自分にかける言葉でできているのではないかと・・・

 

たとえば、朝、静かな風景を見て心がスッと落ち着いたとき。

誰かのやさしい声に救われたとき。

「もう十分がんばってるよ」と、自分に言ってあげたとき・・

 

その瞬間、心にあった重たいものが、少しだけ軽くなるのを感じます。

 

私は以前、自分を後回しにしてばかりいました。

「人のために動くことが美徳」だと思っていたから、

自分の心の声を聞くことを忘れていたんです。

 

でもある日、疲れきって、心も体も動けなくなってしまいました。

そのとき初めて、

「ああ、自分を大切にしてこなかったんだ」と気づきました。

 

それからです。

私は、自分にも、やさしい言葉をかけるようにしました。

 

人にも、動物にも、ものにも、

そしてなにより、自分自身にやさしくすること。

 

がんばれない日があっても、

それを責めるのではなく、「今日もここにいてくれてありがとう」と、

そんなふうに、そっと心に寄り添うような生き方を選びたいと思っています。

 

やさしさは、静かだけれど、力強いもの。

そう信じて、今日も日々を大切に生きています。

 

 

最後まで読んで頂きありがとうございます。

 

 

「愛されなかった」と感じていたあなたへ

 

私は長い間、母に愛されていないと思って生きてきました。

心のどこかで、ずっと寂しさと傷つきやすさを抱えていたのです。

 

母はイライラすると、その感情を私にぶつけてくることがありました。

何も悪いことをしていなくても、怒りや不機嫌の矛先になることがあり、

「私は愛されていないのかな」と、子ども心に思い込んでしまったのです。

 

でも、大人になった今、少しずつわかってきました。

それは「愛されなかった」のではなく、

母自身が自分の感情をうまく扱えなかっただけだった、と。

 

母は母なりに、精一杯私を愛していたのだと思います。

ただ、その表現の仕方が、私が望んでいたものとは違っていただけでした。

 

たとえば、私は優しい言葉やあたたかな抱擁を求めていました。

でも母は、言葉にするのが苦手で、

日々の忙しさや疲れの中で余裕がなかったと思います。

 

あの頃の私は、そんな「不器用な愛」には気づけなかったのです。

 

きっと、同じように感じている人はたくさんいると思います。

 

私たちは、無意識に「こうであってほしい」という愛の形を求めます。

でも、愛はいつも決まった形ではなく、時に不器用で、静かで、

わかりにくいものだったりします。

 

すれ違い、悲しい思い、怒りや寂しさ。

その中にも、小さな愛の種があったのかもしれません。

 

今、私はあの頃の母を違う角度から見ることができるようになりました

そして静かに思うのです。

 

「ああ、私はちゃんと愛されていたんだな」と。

 

もし、あなたも「愛されなかった」と感じているなら、

どうか焦らずに、自分の心の中を、そっとのぞいてみてください。

 

すぐに答えが見つからなくても大丈夫。

時間をかけて、ゆっくり、心を温めながら。

愛は、きっと、あなたの人生の中に、

静かに、でも確かに寄り添ってくれています。

私は、長いあいだ「苦しみ」の中で生きてきました。

自分を責めることがクセになっていて、どこへ行っても、どんな本を読んでも、

本当の意味での安心感や幸せを感じられませんでした。

 

心療内科にも通っていたけれど、どこかで「薬に頼ってはいけない」と思っていましたが

本当に苦しいときだけは安定剤を飲んで、どうにか日々を過ごしていました。

 

でも、

このままでは、私は一生、苦しみから出られないかもしれないって。

そして私は思い切って、ドクターに聞きました。

 

「私は本当の幸せになりたいんです。本当の幸せって、どうやったら手に入るんでしょうか?」

 

返ってきた言葉は、私の心を深く傷つけました。

 

「あなたは粘着質だから、そんなことを考えるんです。」

 

ショックでした。

その一言で、「私はもう生きてる意味なんてないんじゃないか」と思ってしまいました。

でもそのとき、心のどこかでもうひとつの声がささやいたんです。

 

「その前に、やりたいこと、やってからにしよう」

 

その小さな声が、私の命をつないでくれました。

 

私は、すぐに心理カウンセラーを探しました。

最初にかけた電話は出てもらえなかったけれど、二軒目の女性のカウンセラーと

繋がり、その方との出会いが、私の人生を変える始まりになったんです。

 

心の仕組みを学び、感情の扱い方を少しずつ理解していきました。

でも、それだけでは、まだ体の奥にある緊張や反応が抜けませんでした。

 

 

そこで、私は瞑想を始めてみたのです。

すると・・・

ある日、突然、胸の奥から「やっとここまで来れた」という声が聞こえたんです。

 

それと同時に、涙があふれ出しました。

声にならないほどの嗚咽。

まるで、自分でも気づかないほど長い間、ずっと、ずっと、待ち続けていた声でした。

 

それはたぶん、私の魂の声。

「やっと、私のところに戻ってきてくれた」っていう、深い、深い、よろこびの声だったのかもしれません。

 

人は、見た目や能力や、何かを「持っているかどうか」で価値を測られがちです。

でも本当に大切なのは、自分の内側とつながって、自分を癒していくこと。

 

それが、私が今ようやくわかってきた“ほんとうの幸せ”への道です。

 

私はもう、自分を役立たずだなんて思いません。

たくさん苦しんだからこそ、わかる気持ちがある。

あの日、命をつないでくれた「心の小さな声」に、今も感謝しています。

 

そして今、もしもあなたが同じように苦しんでいたら——

どうか、その苦しみは「あなたが悪いから」ではないと伝えたい。

ほんの少し、自分に優しい問いかけをしてあげてほしい。

 

「私、本当はどうしたかったの?」

「私、本当はどんなふうに生きたかったの?」

 

その小さな問いが、あなたの人生を変える扉を開くかもしれません。

 

そして私は、これからも自分の体験を通して、

同じように苦しんでいる人の光になりたいと思っています。

 

最後まで読んでくれて本当にありがとうございます。