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 苦しみの先に見えた光

日常の中で感じる小さな気づきや癒しを共有し、共に心の平穏を目指すブログ

 

モラハラ――自己愛性パーソナリティ障害


 

その恐ろしさを、私は長い年月をかけて身をもって知りました。

 

モラハラをする人は、心の底から「すべて妻が悪い」と信じています。

本気でそう思い込んでいるのです。

まさかと思う人もいるかもしれません。けれど、

これは本当に“人格の障害”なのだと私は確信しています。

 

夫は、私がいちばん傷つく「子ども」を使って脅してきます。

涙が溢れそうになります。

夫婦でありながら、なぜここまで相手を傷つけられるのか。

なぜ人の心をここまで追い詰めることができるのか。

長い間、理解できませんでした。

でも今なら分かります。――それが、障害なのです。

 

どれほど訴えても、どんなに正しく説明しても、彼には届きません。

もし私が命を絶ったとしても、きっと罪悪感すら感じないでしょう。

それほど、自己愛性パーソナリティ障害とは恐ろしいものです。

 

長い結婚生活

その間、たくさんの違和感を感じながらも、「私が悪いのだ」と思い込んでいました。

けれど今ようやく、その正体が見えました。

 

もし今、同じように苦しんでいる方がいるなら――

どうか知ってください。

モラハラとは、見えにくく、しかし深く心を壊す“病的な支配”です。

外では立派に見えるその人が、家庭では冷酷な加害者になる。

誰もが信じられないでしょう。

だからこそ、気づいた私たちが「真実を伝える役目」を担うのだと思います。

 


 

.見えない鎖に縛られて

 

 

恐れ、罪悪感、そして「妻だから」「母だから」という言葉の影に隠れて、

長い間、自分の心の声を押し殺していました。

 

けれど、どんなに苦しみの中にいても、心の奥底ではずっと

「私は違う」と、静かに叫ぶもう一人の私がいました。

その声を無視し続けることが、何よりの痛みでした。

 

ある日、気づいたのです。

私はもう、誰かの機嫌に怯えて生きる必要はない。

誰かの承認がなければ、自分の価値を感じられないような生き方を

もう終わりにしていいのだと。

 

自由とは、誰かを責めることではなく、

誰にも支配されない「心の静けさ」を取り戻すこと。

私はようやく、その意味を理解しました。

 

これからの私は、誰かの顔色ではなく、

私自身の“魂の声”に従って生きていきます。

たとえ一人であっても、それは孤独ではありません。

なぜなら、真実を生きる者のそばには、

見えないけれど確かな「光」が共にあるからです。

 

私は生きます。

過去の痛みも、涙も、全部抱きしめて。

そして、いつかこの経験を「誰かを癒す光」に変えていきます。

 

 

「エゴの声」とは何か

エックハルト・トール著『ニュー・アース』は、

私たちが日常で感じる不安や葛藤の根本原因を見つめ直し、

本来の自分」に還るための道を示してくれる本です。

エゴによって生まれる思考や感情のパターンに気づき、

意識的に生きることで、心の平穏や深い幸福感を得ることができると説かれています。

この本では、個人の内面だけでなく、社会や人間関係の在り方にも触れながら、

真の変容とは何かを丁寧に解き明かしています

読者は読むことで、自分自身のエゴの働きに気づき、

より意識的で調和のある生き方へとシフトしていけるでしょう。

 

一般的に言う「エゴ」

私たちが日常で「エゴが強い」と言うとき、多くの場合は以下のような意味です:

  • 自分勝手でわがまま

  • 自己中心的で他人の気持ちを考えない

  • 自分の欲望や見栄を優先する

  • つまり、「自分を優先して振る舞う性格や態度」のことを指すことが多いです。

「ニュー・アース」で言う「エゴ」

トールが言う「エゴ」は、もっと深い心理構造のことを指します:

  • 自分の「思考や感情」に同一化して作られた自己像

  • 他者や世界との比較の中で作られる「私はこうであるべき」という心のパターン

  • 安全や承認を求め、恐れや怒り、嫉妬などの感情を生み出す原因

 

 

ここで重要なのは、「エゴは必ずしもわがままや自己中心的な性格ではなく、

無意識に自分を守ろうとする心の構造」という点です。

つまり、意識していないと心の奥で私たちの行動や判断を支配するもの、という理解になります。

 

トールの言う「エゴ」は、脳(思考)が勝手に作り出す「自己像」のことです。

「私はこうでなければ」「あの人が悪い」「もっと成功しないと」

といった、過去や未来に縛られた思考の流れ。

 

脳が自動的に生成している「自己物語」なんですね。

この思考(エゴの声)は、リベット実験にも通じるように、

本人が意識する前に脳が行動を決めているという現象と似ています

 

つまり、「自分が考えている」と思っているけれど、実際は思考が勝手に生じている。

それが「エゴの声」と呼ばれるものです。

 

 

「気づくこと」が意識化であり、統合である

トールが一番伝えたかったのはここです。

「思考を止めなさい」ではなく、

「思考が起こっていることに気づきなさい。」

 

思考そのものを否定するのではなく、

「今、私は不安を感じている」「今、怒りの声が頭の中で鳴っている」

と気づいた瞬間に、“気づいている側”の意識が目覚めるのです。

 

その「気づいている私」こそが、エゴを超えた本来の意識

この状態が「統合」です。

思考と闘うのではなく、それを包み込む。

エゴの声も自分の一部として、静かに観察する。

 

トールが言う「気づくこと」の本質

  1. 思考・感情に同一化しない

    「自分は怒っている」と思っても、「怒りそのものが私ではない」と距離を置くことができる

  2. 現在の瞬間に根ざす

    過去や未来の思考にとらわれず、今ここで生きる意識をもつこと

  3. 静寂や平和にアクセスする入り口

    この「気づき」によって、エゴのパターンや無意識の反応に振り回されず、心の平穏や自由を体験できる。

 

簡単に言うと、トールの「気づくこと」は心の中の出来事に巻き込まれず、

ありのままの自分と世界を受け取る意識の状態です。

単なる観察が「頭で見る」ことなら、気づきは「心全体で感じながらも囚われない」こと、と言えます。

そのものを変える行為でもあるんです。

私はこの本を読み、瞑想を実践することにより、「自分の中のエゴに気づき観察」してきました。

心のは深く、複雑に絡み合っています。

丁寧に自分を観察して、反応しない心を身に着けたことにより、心の静寂を手に入れることができました。

 

最後まで読んで頂きありがとうございました。