夫の収入、末っ子の成績、娘の気分、これは上がってよし。が、上がって頂きたくない物が上がってしまった。眼圧。

確かに眼痛があった。乾燥しているせいだろうと思っていた。ヒアレインが次の受診日まで持ちそうにないので、近くの眼科に行った。ヒアレインなら内科でも処方して貰えそうだと思ったのだが、何故か眼科に行く気になったのだ。つなぎの受診程度のつもりだった。


眼科医が診る前に「目の状態を検査します。」と機械の前に座らされた。ご丁寧に風まで吹いてくる。眼圧を測るのだろう。「目の堅さを調べますね。」と言う。何度も測っていた。単に上手く測れなかったのだろうと思っていた。

「次は先生がお呼びしますから。」と言われた。眼科医に呼ばれて診察室に入る。30代半ばの眼科医には、以前診て貰ったことがある。
その時の記憶では若くてあたりの柔らかい人だったが、妙に険しい顔で「こちらで眼圧測りますから。」と言う。以前は興味を示したドライアイにも無関心だ。面食らった。


「眼圧、上がってますね。右目はこれは緑内障発作です。リンデロンは早急に点すのを止めて頂いて…」
「・・・」
二の句が接げなかった。あんまりじゃないの。白内障だけじゃなく、緑内障も? 一瞬、自分がとても可哀相に思えた。
「先生、ごめんなさい。私、泣きたくなっちゃった…」
「どうぞ、いいですよ。驚いたでしょう。」


「…この所、しばらく目が痛くて、でも、ドライアイが酷いんだと思ったんです。大学病院は予約が来月で、目薬も足りなくなっちゃって、まさか、眼圧なんて考えてもいなかったし、今まで高いって言われたこともない。白内障もあるのに…。」
一息に言うと、やはり涙が出た。相当に凹んでいたが、わっと泣き伏すわけにはいかないし、それほどの涙は出ない。大体、泣いて眼圧が上がったらバカバカしい。
「ごめんなさい。お騒がせしました。」


「ともかく、今一種類点眼しますから、後でもう一種類点眼しましょう。しばらく、続けて貰うようになります。」
「この一月、週一ペースで結膜下出血してたんですけど…」
「え~、週一? うん、それはちょっと酷いけど、眼圧とは関係ないでしょうね、多分。
要は炎症物質なんですよ。目の中を普通は綺麗な水が循環しているのに、炎症があるとドロドロして詰まっちゃうんですよ。それで、眼圧が上がるから…」


う~ん、それはそれは思い当たる節があり過ぎだ。ぶどう膜炎の続発性緑内障だもんなあ…。私の目玉の中はどうなっているのだろう。現在進行形の炎症と過去形の炎症痕がとぐろを巻いているらしいのだが、本で見る目の構造図と本物は、いつもうまく結びつかない。


「現在では、緑内障といってもそんなに絶望的ではありません。点眼でダメなら点滴で下げます。」
眼科医はきっぱり言い切った。それでダメなら、内服か入院・手術か。手段はまだあるのだろう。
「今日は、もう一度点眼してから経過を見るから、待合室で本でも見てゆっくりしてて下さい。」
目を使うこと自体はしてもいいのか。不思議だなあ…。


眼科医の言葉通り、点眼後待合室で待った。さすがに本でも読んでという気にはなれない。もう一回呼ばれて診察室に入る。
「うん、少ーしだけ下がってますね。経過を見なくちゃいけないんで、明日もまた来て下さい。」
やっぱり…。


翌日、眼圧を測ると下がっていた。けれど、日をおかずにまた受診するよう指示された。

「歯医者さんは通ってますか」
担当医は尋ねて来た。お盆休み前に夏にぼーっと痛くなった。歯医者は夏休みに入ってしまうし、あまりに暑くて通えないと思い、そのままになっている。


「…まだ、行ってません。だって、痛くなくなったし。先生に言ったら怒られるなと思ってたし…」
「いや、僕は○○先生じゃないから、怒りませんよ」
「○○先生は怒りませんけどお?」


○○先生は言わずと知れた膠原病医。一年前にちょっと失言してから、金田一君はあの申し送りの原因がどうやら膠原病医であるらしいと勘づいた様だ。ちらちらと探りを入れてくる。
敢えて怒られたと言えば、それは前任の明智君だろう。「ああしろ」の「こうしてはいけない」のと口煩かった。


「身体の痒みはありませんか」
「あります」
「薬のせいだと思います?」
「う~ん、ちょっとやっぱりそうかなという気はしますね。サリグレンを一生懸命飲むのが数日続いたりすると、ひどく痒くなる」


「皮膚科は行ったんでしたっけ?」
「去年、行きましたよ。家の近所の皮膚科。でもね、『薬の名前を言われても私は判りません』って言われちゃったから、その後行ってないです」
「え、随分冷たいですね、それが仕事なのに…」
「でしょ~?」


その話は前にもしただろう。あの時、「そんなこと言う医者はいませんよ」と言ったのは君だろうが。「そんなこと言うのは医者じゃないですよ」とも言ったっけ。
開業医って面倒な患者はイヤなんだなあと思ったものだ。それともあの医者がやる気がないだけか。


「う~ん、薬を飲む・飲まないはもう、うきさんにお任せします。痒みと相談しながらになるから」
いや、私はとっくにお任せされていると思っている。明智君は言ったものだ。「目を取るか、唾液を取るかの二者択一になるかもしれないから」と。
ありがたいことに目の方はサリグレンの副作用はないようだ。「痒みを取るか、唾液を取るか」になりつつあるのが今の状態だ。


「今日はこれから内科ですか?」担当医は聞く。
「はい、そうです」
「そうですか、大変ですね」
「何がですか~?」
「だからその、以前、『あの先生は怖い』ってその…」
「言いましたっけ?」言いました。でも、それはナシなの。
「…苦手だと仰ってましたよ」
「うん、先生の方がずっと親切だから好き♥」


好きと言われても困るだろうなあ…。まあ、オバサン相手に腹を探ろうとした罰だ。