卒業アルバムにやたらと出でくる「○○ベストテン」に『早く結婚しそうな人・・・ 』っていうのがあって、我がクラスでは、なぜだか私がNo1に選ばれていた。
初めて目にしたときの驚きったらありゃしなかったことが今でもしっかりと記憶に刻まれている。
それから月日は過ぎて、たぶん私は当時のクラスメートの中でも片手で数えられるほどの貴重な「おひとり様」。
それは、自身では当たり前で驚きではなく、やっぱりというニュアンスが含まれている。
今でも大きな謎のひとつである。なぜ、私が早婚に見られたのか。どんな風に見られていたのかしらと。周りからの私への印象と実際の私自身のギャップに振り回され続けた日々。
二十歳を過ぎて仕事に就くまで、ずーっと「しっかり者のちゃあちゃん」と言われ続け、そう思い込んで信じて疑わないでいた私。(どんだけ…な子でしょう)
泣き虫なのに泣くことをやめたあの日から「強い子」になったはずの私。
「ちゃあちゃんは、天然だね。自分でそう自覚がないところがまずそうだよ。」と言われ始めて、心の刷り込みが崩れていったとき、驚いたけど少しだけ肩の力が抜けて楽になったように感じた。
意図的ではなかったけれど、言い聞かせていないと自分じゃなくなるような気がして、怖くて恐ろしくて自己防衛のために自分を変えていったはずだった。
心が壊れないように自分を偽っていた。無意識に。
それがこんなにも辛くなる日がくるなんて気づかなかった幼かった自分。
人は一人では生きていけないんだと理屈では、解っていたつもり。ただ、心が解っていなかった。
ズルくて卑怯でちっちゃい私が一番嫌いなのは私自身だったのに。それから目を背けて嫌な大人になっている。
生まれ変わってもまた自分がいいって、言い切れる毎日を過ごしていきたい。
結婚してもしなくても子どもを産み育てても育てられなくてもそれが「ちゃあの人生」って微笑みを絶やさず歩いていきたい。十人十色って、笑って去っていける自分になりたい。
神戸の震災の時は、感じることがなかった(わからなかった)痛みが、年月を経て、少しばかりの人生経験を重ねた私には、「生きている意味・生かされている意味」と形を変えて考える時間をくれた。そんな時の3月11日の出来事。
無事を確かめあって安堵した日々を超え、徐々に日常を取り戻すうちにまた頭をもたげてきた「生きている意味・生かされている意味」。
自分が今を生きている理由を探してしまう。
命の灯が消えてしまった人の分まで生きていくということがおこがましく思えてしまう自分。
何もできていない自分。
泣き虫を受け入れた自分。
まだ、一人ときにしか泣けない自分。
守るべきものを探し出そうとしない自分。
たぶん私は八方美人なんだ。周りの人達にも人生にも。自分の心にも。
卒業したいと思えるようになっただけでも一歩踏み出せたと思うしかないのかもしれない。