コロナ禍の時は、世の中の分断が

顕著になっていたかと思います。

 

特にコロナワクチンの賛成派と反対派の間で

ネット上で激しく対立し、罵り合う場面もあったり。

 

家族や身近な人との間で意見が食い違うと、

説得して、自分の意見を通そうとすることが

あったかもしれません。

 

私もそうでした。

私と反対の考えを持つ家族に対しては

「その考えは到底受け入れられない」という

スタンスでいました汗うさぎ

 

ですが、相手も同じように自分の信念があるので、

私が説得しようとすればするほど

頑なになって、話は聞いてもらえませんでした。

 

ずっと平行線のままでしたが

ある時ふと気付いたんです電球

 

ワクチンの賛成派も反対派も

健康でいたい気持ちは同じなんだ、と。

 

コロナに感染しないように、

または感染しても症状が軽くなるように

ワクチンを打ちたいと思う人々の中にも、

 

ワクチンによる健康被害を避けるために

ワクチンを打ちたくないという人々の中にも、

 

どちらも同じ「健康」という願いがあるのでは?と。

 

その願いは「健康」に限らず、

「安心・安全」とか「平和」な世界を

望んでいることかもしれません。

 

真反対の考え方だと思えていても

大切にしたいこと(ニーズ)や目的は

自分と同じ方向を向いていて、

叶えるための手段が違うだけだったんですよね。

 

そのことに気付いた私は反対意見の家族に対して

「ワクチンを打ちたい人も打ちたくない人も

健康な体でいたいという思いがあるんだよね。

健康でいられる方法を一緒に探っていけたらいいな。」

と伝えました。

その後、相手の態度が柔らかくなったように感じました。

 

まだNVCを学ぶ前の話ですが、

相手のニーズを受け取って(共感)

NVC的なコミュニケーションを

していたのかもしれません。

 

 

最近では衆院選があったので

有権者同士で意見の対立が多くみられましたね。

 

「大切にしたいことは何かな?」という視点で

相手のことを見るようにすれば

批判し合うこともないのだろうな…と

少し残念に思います。

(批判することはその人にもニーズがあるのでダメとかではないです。

分断が進むことが残念なのですショボーン

 

政治や世の中のことについてだけでなく、

夫婦関係や家族、職場での人間関係など

身近なところでも意見が対立した時には、

 

「目的は同じだけど、叶えるための手段が違うだけ」

 

こんな視点に立ってみると、

違う景色が見えてくるかもしれませんね✨