1995年1月17日関西を縦断した激震


あれから15年。






我がチビ~ず一家を縦断した激震。





1号2号の入院





ダブルでの肺炎。


「入院です」と言われ、おかんは号泣。逆にDr.が


「いや・・・あの・・・・そこまで心配するほどではないんですが・・・」


号泣


「今すぐ死ぬとか言ってるんではないので・・・」


号泣


「まぁ・・・その入院したほうが良いという程度ですのでね・・・」


号泣





おかんはいくら号泣していたとは言え聞き逃しませんでした。同席していた看護婦さんの一言を。










やっぱりあかんわ。


お父さん入ってもぉて。






やっぱりて?


そしてそのまま即時小児科病棟に入院となりました。





おかんは「入院させてしもた」という苦しい気持ちでフラフラになり


診察室から3階の病棟まで12キロの子供を抱っこしたまま、なぜか



階段で



移動させられ


病棟に着いたころには汗だくになっていたものの、まさか入院になるとは思ってもいなかったおかんは


チラリズムで見せるバーバリーのエンブレムがカッコよいという理由だけで、ダウンジャケットの下が



半袖T



ダウンジャケットは暑い、がしかし半そでTシャツは寒い・・・・という微妙な理由でダウンジャケットを選択。


点滴の管を刺されたおチビ様1号2号が絶叫し暴れ狂うのを必死で抱っこ。





そしてどうやって双子を入院させるのかと、そんな特別な方法があるのかというおかんの期待は見事に裏切られ、おひとり様用ベッドを2台くっつけただけの、いわば「やっぱりね」方式。



想像しにくいでしょうから、簡単にわかりやすく説明します。



広さは縦165センチ、横170センチ。柵の高さが100センチ。

このちょっとした



ウサギさんの檻



の中で、点滴された状態の






猛獣と怪獣



が暴れ狂い、点滴の管が絡み合うのを必死でほどくおばはん。


おばはんは泣きながら管をほどきます。









チビたち二人を入院させてしまって・・・・




おっと絡んだ











なんでこんな思いをさせたんやろ・・・・




ちょっと絡んでるて、引っ張ってるて


















あかんわ・・・こんな事してたら・・・・




ちょっと管踏んでるて!こらっ!踏んでるてっ!













泣いてる・・・・





ヒマが・・・・







ねぇよ。この野郎。





というわけで入院生活が始まったのでした。






ありえないスペースでの入院という過酷な状況下でも笑いを忘れない我がチビ~ず1号2号。


愛息2号は、なんと1歳8ケ月にして






ナンパ





したのです。次々訪れる看護婦さん。注射だの点滴だのイヤな事ばかりされる事を記憶した2号は、看護婦さんが来るたびに逆サイドの隅っこに逃げて絶叫していたのですが、たった一人だけ例外が。その看護婦さんは






さおりちゃん。



担当がさおりちゃんだった時だけ、テケテケっと歩みよって自分から目の前に座り、いつもなら大騒ぎする点滴の交換も、検温も、



満面の笑み。



もしかして2号・・・・と思っていると自らさおりちゃんに





2号「あでぃゆてぃぱ、あと、あっこあでゅてぃぱ。」


さおりちゃん「え~?なぁに?」


2号「あっきぃ、あと、あでぃてぃぱ。」


さおりちゃん「あ~そぉぉお~?」


2号「でゅでゅ、あと、あっこあでゅてぃぱ。」


さおりちゃん「わかんないよ~。お母さん、息子さんは何を言うてはるんでしょう?」






おかんは答えました。






さっぱりわかりません(爆)







さおりちゃんは言いました。





ですね(爆)




おかんは答えました。



田●さんが好きなんですわ(爆)




さおりちゃんが言いました。



なんとなく気がついてました(爆)





2号の淡い初恋を目撃したおかんでした。


入院話、つづく。





皆様新年あけましておめでとうございます。


F1級の人生を送るおかんの2010年開幕戦は見事にスタート直後の1コーナーで























大クラッシュ






話せば長い話を、要約することもなく話しますので長いです。



思えば2009年の年末から続いていたのです。



巷ではおそらく地球が少し人力で揺れていたはずのクリスマスイブの夜。

2号が高熱を出して救急で担ぎ込み揺れる余裕のなかったおとんとおかん。



「新型ではないですねぇ

何ででしょうねぇ」



「お前の職業は何や」



と思いながら、湯たんぽ状態の2号を抱え京都の町を疾走するおとんとおかん。





巷では面識もないのに某有名人の誕生日を世界中で祝うクリスマス。

おとんとおかんは別の病院へ担ぎ込み、




「新型ではないですから

これは突発性発疹の2回目ですね」





クリスマスプレゼントが突発性発疹の2回目とは・・・サンタさん・・・あんた相当な




ドSよのぉ





翌々日には熱がすっかり下がり、地獄の回復期。

思えば突発1回目はまだ小さかった・・・おチビチビチビのころだった・・・・



ええ年になってからの


しかも


暴君2号の


突発回復期は、グズグズを超越した、ゴリゴリのチンピラ

おかんは負けません。チンピラに変身した暴君2号に対応するために、おかんは心を鬼にして暴力団構成員に変身しました。その格闘は言葉が通じない事以外は、まさに





実録!密着暴力団24時!!



状態でした。おかん、基本的にはおチビ様をお相手させていただく時の目標とする人物は



リダイヤルのイマイ(笑)



なのですが、あの地獄の数日間、ある意味凄まじく暴力団ちっくだったように思います。




2号もね。





そんなこんなで地獄の日々が過ぎ、やっとブツブツが出て、12月30日に元の2号へ戻ったのでした。

そしておかんようやく東方ボレロを歌う余裕が出てきたため久しぶりにオタマを持って熱唱しようと思ったものの





声が出ねぇ・・・・






叫びすぎたか・・・・






そういや何かダルいけれど・・・たぶん寝れていないからだと思ったおかん。

がしかし年末はただでさえ忙しい・・・・我が家はさらに輪をかけて忙しい・・・・





寝るヒマをくれ・・・・



と思いつつ、正月グアムを断固拒否したため寝正月を迎えられる予定だったおかんは頑張ったのでした。






そして明けて新年1月1日。




おせちに


お雑煮に


お年玉に




準備に余念がなかった・・・・・・











事は一切なく、全部用意してもらっただけの立場なのですが、喉が痛い。


2号を怒鳴っていたのが原因だと思っていたおかんは元気にイベントを終了し、さっそく









寝る!





というわけでチビたちと寝室でもぞもぞしておりました。

おかんはもう半分寝た状態。

チビたちはボールで遊びまくっておりました。






うとうと・・・・・・・・・・




うとうと・・・・・・・・・・・




うとうと・・・・・・・・・・







携帯が鳴り、半分寝た状態で電話に出ると、実母から


























「お父さん倒れた・・・・」












脳梗塞で実父が倒れたと聞いたおかん。皆様体験したことはありますでしょうか。



何か言いたいけど言葉が出ない


よくわからないけれど涙が止まらない


そこに行きたいけれどどうしたらよいかわからない





そして元からおりこうさん1号と、暴君(一時期チンピラ)2号が不思議な事に


おかんの顔をじ~っと見て




「あきぃ~」


「あっと~」


「たぁっ」


「てぃってぃ」




と二人で会話をして(通じているのか?それで?)、一緒に布団に入り、じ~っと動かなくなりました。

その後は義両親に留守宅をお願いしておとんとおかんは実父の入院する病院へ。

幸いにも大事には至らず、おかんはフラフラの状態で帰宅。




そしてその日の深夜




おかん倒れました。









初めて服用した抗生物質ジスロマックSR



「これはウイルスも何もかも全部排出させるお薬ですから必ず全部飲んでください」


「はい」


「絶対ですよ」


「はい」


と念を押されたおかん。それほどにマズいのか・・・と思いながら飲むとかなりの美味。





高級なクリームソーダのような味・・・・




あと3本くらい飲めるなぁ・・・・・と思っていたその夜








ウイルスも何もかも

排出させるという意味がよく理解できました。




波乱の幕開けになった2010年。




おかんは皆が健康であればそれだけで幸せなんだとよく理解できました。