5月最初の日なのに、五月晴れとは程遠いお天気です。

気温は低めなのに蒸し暑いあせる


さて、一昨日、少し早めの端午の節句のお祝いをしましたカブト

前日から少しずつ用意して…当日も段取りよくサクサク進んで…


⭐︎中華おこわ


⭐︎生春巻き


⭐︎スペアリブ


ブロッコリーサラダ


⭐︎スコップケーキ


…とこんなに頑張ったのに、テーブルに並べた写真、撮り忘れガーン


本当にただの記録に過ぎません…えー


でも、本当に35年ぶりくらいに離乳食、作りました。



孫2号、今、離乳食中期です。


かぼちゃとブロッコリー…でもブロッコリーはお気に召さなかったみたいショボーン



さて、調理の合間に読書本


桜木紫乃さんの「家族じまい」…


なんだか、ここ最近「仕舞う」話ばかりでごめんなさい。


80を超えた夫婦の、妻の方に認知症の症状が現れ、


それを取り巻く娘やその他、5人の女性の視点から捉えた老後についての話です。


5人の女性のどの視点もそうそうと思える点がたくさんあります。


誰もが「過去」を抱えながら、「現在」「未来」に向かっていく…


そこにあるジレンマがひしひしと伝わってきます。


象徴的な言葉…


「ふたりを単位にして始まった家族は、子供を産んで巣立ちを迎え、またふたりに戻る。


そして最後は(どちらか)ひとりになって記憶も散り、家族としての役割を終える。」


私自身も若い頃、「親の作った家族を仕舞う」なんて考えもしませんでした。


そしてもっと考えていないのが「自分の作った家庭を仕舞う」ということ。


これはもう子どもに頼むしかないのかなぁ…


なかなかしんどい作業で、ちょっと気の毒になります。


でも…


「(自分がという存在が)家族が壊れた後に『残ってしまった』ものなのか、『残した』ものなのか、


思い出なのか邪魔なのか、


いずれにしても存在してしまうふたりの『過去』が自分だ」


そう…親の過去が作った結果が自分だと思うとなんだか不思議な気がします。


まだまだ考えることがたくさんありそうな作品でした。


今、8人でワイワイとご飯食べているこの家族も、いつかは仕舞われてしまうものなんですよね。


そこにあるいろいろな思いが楽しいものでも鬱陶しいものでも、


いつかそれをまとめて全部蓋をして、どこかに仕舞う…寂しいような、でもちょっと肩の荷を下ろすようなそんな感じがします。