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出産まで5年~はじめての帝王切開後の生活

2017年6月上旬予定帝王切開で出産
その後の生活をつづるブログ
子宮筋腫があり逆子が直らず、予定帝王切開での出産となりました

不妊

という現実を受け入れられなかったからだと思います

 

友人たちからは結婚式の後、半年すると大体「妊娠しました」と連絡がくる

自分もそうなると思っていたし、すぐにでも妊娠したかった

結婚当事、楽しく仕事をしていて、趣味のフラダンスや休日は友達と遊びに出かけたりプライベートも充実していました

でも妊娠して子供を産み、育てるということに全く迷いはありませんでした

夫も同じ気持ちだったと思います

 

結婚式前後に、なぞの少量出血があり(こんなこと初めて)

ネットで検索した結果「着床出血」という言葉を知り、妊娠したと思い込みました

先走って、「た○ごクラブ」を張り切って買いに行きました

夫も子供好きで、妊娠を望んでいたのでちょっと盛り上がり

 

全然、違いましたがその時は、まあ、またすぐ妊娠したら読むんだろうなと思っていました

 

「不妊症」の人というのは、もともと婦人科系の疾患や不調がある人

40歳近い人に関係があるもので、自分には無関係だという思い込み

(調べて見ると、無自覚なだけで私には婦人科系の疾患・不調がしっかりとありました)

 

「妊娠」というのは、望めば誰でもできること

簡単なこと

簡単だからこそ、避妊をきちんとしようと学校でも教わるのだと思っていました

 

私は割とオープンに「なかなか子供ができない」と周囲に話していました

オープンにすることで自らの体験談を話してくれる人も多かったです

そうでなければ、身近に不妊を経験した人がいることを全く知りませんでした

(あまり進んで人に話す内容ではないので、当たり前かもしれません)

当時の私には

妊娠した>不妊経験談

情報量の違いは圧倒的でした

妊娠した!とう情報は集めなくても入ってくる

不妊経験談は集めないとなかなか入ってこない

 

不妊をリアルに感じられなかったことから自分には無縁だと思い込み

健康体であることを過信して、不妊の現実を受け入れられなかったことから検査・治療を開始するまでに時間がかかったのだと思います

 

20代の頃は体力もあって、仕事も遊びも好きなだけできて、さほど疲れを感じない今思うと無敵な気分だったのだ

30歳、40歳になり、加齢変化していくことは想像していなかった

 

不妊治療をきっかけに、自分の体のことが少しわかり

無敵じゃないことを知り

自分のためにも家族のためにも体を大切にしなければいけないな、と学びました

 

 

 

 

 

 

 

 

婦人科での不妊治療について

 

子宮がん検診の問診表に妊娠希望してから約2年経つが、妊娠できないと記入しDr.に相談

 

ぽっちゃり体型の、今思うと「ひふみん」のような先生

物腰しが柔らかく、相談しやすい先生でした

 

当時、私は20代だったため、年齢的にはまだ若いし大丈夫だと思うけど、2年はちょっと長いね~と

 

一通り、検査をしてもらうことになり、通院スタート

 

2年間、自己流でタイミングを合わせていましたが、なかなか妊娠できず、悩みました

 

生理周期は整っていたし、生理痛は軽い方、運動もそこそこしていたし、何しろ健康にはかなり自信がありました

田舎のためか、親戚はほとんど授かり婚

不妊などの話しを聞いたこともないし、みんな2、3人の年の近い兄弟

私自身、弟と1歳違いということもあり、なぜだか子供はできやすいことはあってもできないということは無いだろうと、思い込んでいました

 

自分は「不妊症」とは無縁だと、根拠のない自信がありました

なぜなら、健康体だったから

 

ちょうど、結婚ラッシュの年齢だったので友人たちの結婚・妊娠も多く、「私だけ妊娠できない、どうして」

「こんなに健康なのに不妊なはずはない」

「不妊」という現実を受け入れられず、

心配して、「病院に行ったほうがいいよ」という友人からの言葉も素直に受け入れられませんでした

 

結局、妊娠を希望してから病院に行くまでに2年かかりました