その方 本来の在り方は
小学校3、4年生の頃のありかたなんだ、と。
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今日の ばなな先生 の メルマガ

を 読んで


既に  3度目の 転校をしていた

当時の わたし  を  思い出しました。



「おもったこと


おもったとおりに



口にだしては  いけない。」




そういえば  この辺りから






心の奥に


がっつりと


鉄の扉を つくりはじめてたのかなぁ…




感じることを




そのまま




出せなくなって いたんだなぁ…









(以下は  ばなな先生
本日の メルマガより  抜粋。)






ぼくは教員養成の大学に入りましたが
クラスの仲間が
「みんなで」
って言うのが
大嫌いでした。



せんせいになったら
「組織で」
って言うのが
大嫌いでした。



あまのじゃくだからかな?
と自分を責めたこともありましたが、
どうも違うことに気づきました。





自分の役割やあり方がわからないうちに
「みんな」や「組織」にどっぷりつかると
自分不信になるだけなんですね。



あるいは過剰に頑張るだけなんですね。




係の時間をやってみて
それがよくわかりました。



一見バラバラなんですけれど
好き勝手なだけにみえるんですけれど
ものすごく一体感があるんです。



現在のがっこうきょういくって
よくも悪くも
「みんな」を作り出したいんです。



それは、
今の教育が成立した時代背景があります。



戦争で何もなくった場所に
新しいものをつくらざるを得ない時代、



「みんな」でやることが
必須だったからです。



卒業式をするには
体育館に「みんな」で
椅子を並べなければならない
それと同じなんです。


そこを
「おれはこの椅子が好きだから」
とやったらおかしくなるわけですね。


でも会場の整った体育館で卒業式をするとき
「みんな」でアナウンスする必要はないんです。
「みんな」で証書を渡す必要はないんです。


それぞれの役割を果たすことです。
それによって
場が調和していくんです。


今、その過渡期なんです。