▼世の中は常に「変わりゆくもの」と心得ていますが「変わらないもの」も数多く存在する、と私は思っています。


私に「物差し」があるように、他の人達にも「自分の物差し」があるのも理解しています。


私は色々な場面で様々な理由を盾に『当然の権利だろ!』と言わんばかりに、ほぼ言いがかり(我が儘)とも言える主張等をする一部の人達がとても×2大嫌いです。


日々、生きている限り、どうしても解せないケースや社会通念的に「それはないだろ…。」というような状況に遭遇することが多々あります。


そのような時に果たして、私がそれをうまくやり過ごせるかどうか?というと、また話が違ってきてしまいます。


私は、どうしても自分の物差しで事を判断しがちな傾向にあり、それにより、生き辛さを感じる場面が多いのがいまや私のスタンダードとなっています。


『…ま、いっか。』とか『そういうこともあるよね…。』というような思考パターンに切り替わるまでにかなりの時間を要します。


時に、それらの「負の感情」は何処かれ構わず爆発します。自分にも他人にも、なんのメリットにもならないことを理解していてもです。


勿論、全てではありませんが他人から理解されにくいこと(気質や病など)、そして今まで容易に出来ていたことが難しくなり、かつ、やりたいと思うことをすぐ実行に移すことが物理的に、より難しくなってきた今、今までとは別の方法を考えなければなりません。




この現代、Webでの発言(ブログやコメント・SNS…etc.)では、顔が見えない分、自分の意見を言いやすい。

それはある意味、結構なことですが、陰で有りもしない悪評を流したり、コソコソとすることしかできない連中、表向きは友達面している奴等を見るたび、吐き気がします。

私は長年ずっとそう思って生きています。
卑怯者・裏切り者共の顔は忘れません。

私は文句・意見は直接相手に伝えるようにしています。そして、それらの自分と異なる考え・意見は、いつか自分の肥やしになるとも考えています。


大袈裟な話ではなく、
誰もが必ず迎える「その日」がきた時、
私は大切な人たちと穏やかに
心の底から笑っていたいです。