chao's beautiflLIFE -322ページ目

祝10年記念

あの日(*1)から今日でちょうど10年



5年生存率●%(衝撃強すぎて覚えていない)

かなり低確率の話をされたことを思い出す


 18歳の春



両親の判断で私に告知する

その名も


・・・・急性骨髄性白血病



高熱が出て病院へ駆け込んだら

有無を言わさず入院生活+抗がん剤治療開始


医師の話す用語はまるで呪文のよう



第1寛解(*2)を向かえ全クール(10回)を終えて安心したのも束の間、

たったの2ヵ月後にまさかの再発



それは 19歳夏



再発後の治療はもっと強烈な攻撃をビックリマークということで

治験薬(*3)に挑戦


この体験は思い出しただけで涙が止まらなくなる

想像以上の痛苦・・・


爆弾最近知った情報爆弾

  この治験薬は副作用が激しすぎたため

  治療薬として認められることなく闇に消え去りました・・・

  私の辛い辛い体験データが役立ちました



とはいえその治験薬で無事にはてなマーク第2寛解を迎える



 19歳秋



今後の治療案に移植話が浮上

良く聞く骨髄移植もしくは自家幹細胞移植(*4)



家族に適合者がいなかった為

悩んだ末に選んだ道は自家幹細胞移植

(他者間との骨髄移植には拒絶反応という高いリスクがあった)




前処置の為、やむなく高級個室無菌室入室 2月上旬



事前に採取してあった自分の細胞を移植

(ちょっと点滴するね~的な簡単な作業)



それが

忘れもしない


平成9年2月14日 20歳






あの日から今日で10年が経過したんだ

独り部屋で眠るのが怖くて怖くて

部屋の電気を間違って消して出て行った看護婦に激怒したっけ。



下痢、嘔吐、発熱、

そして究極のストレスと戦った(たったの)3週間は

1ヶ月にも2ヶ月にも感じられ辛く長かった



こうして何気なく暮らしている今も

どこかの病院で移植をしようとしていたり

移植をしてる人が沢山いると思う



あの日のことを忘れることなく

延命中のこの命を大切にしよう


先に天国に行った沢山の仲間達の為にも

悔いの無い人生を送ろう



死を悟ったとき

素晴らしい人生だったと思えるように・・・・




****説明****


(*1)移植の日

(*2)身体の中のがん細胞が消滅し一時的に良くなった状態
(*3)国で認められる前の薬品。いわば人間モルモット状態
(*4)状態の良いときに動脈に針を刺し細胞を採取

   顕微鏡検査で合格した優良細胞を移植

無事帰国

あっという間の4泊5日、台湾旅行



食べたものも色々・・・


見たものも色々・・・


体験したものも色々・・・


買い物も色々・・・



あ~充実だったなぁ


台湾旅行記お楽しみにsmile



辛い日々

『 明日も明後日も明々後日も

    今日のように生きていたいな 』


そんな風に思っていたのはかれこれ10年以上前のこと。



健常者になった今、

生きていることが当たり前になっていて

色々なことを忘れてしまっているような気がする。


明日自分は死んでいて

この世に存在していないかもしれないと考えていた頃の事を・・・




最近自分の身体が思うようにならなくて

期待しては・・・裏切られ・・・

これの繰り返しで

素直に物事が捉えられない、そんな捻じ曲がった自分がいます。



楽しいことばかりが人生じゃない!

辛いことを乗り越えるからこそ強くなれる。


私に与えられた『運命』を受け入れよう。





今の自分・・・・ ちょっと嫌