祝10年記念
あの日(*1)から今日でちょうど10年
5年生存率●%(衝撃強すぎて覚えていない)
かなり低確率の話をされたことを思い出す
18歳の春
両親の判断で私に告知する
その名も
・・・・急性骨髄性白血病
高熱が出て病院へ駆け込んだら
有無を言わさず入院生活+抗がん剤治療開始
医師の話す用語はまるで呪文のよう
第1寛解(*2)を向かえ全クール(10回)を終えて安心したのも束の間、
たったの2ヵ月後にまさかの再発
それは 19歳夏
再発後の治療はもっと強烈な攻撃を
ということで
治験薬(*3)に挑戦
この体験は思い出しただけで涙が止まらなくなる
想像以上の痛苦・・・
最近知った情報![]()
この治験薬は副作用が激しすぎたため
治療薬として認められることなく闇に消え去りました・・・
私の辛い辛い体験データが役立ちました
とはいえその治験薬で無事に
第2寛解を迎える
19歳秋
今後の治療案に移植話が浮上
良く聞く骨髄移植もしくは自家幹細胞移植(*4)
家族に適合者がいなかった為
悩んだ末に選んだ道は自家幹細胞移植
(他者間との骨髄移植には拒絶反応という高いリスクがあった)
前処置の為、やむなく高級個室無菌室入室 2月上旬
事前に採取してあった自分の細胞を移植
(ちょっと点滴するね~的な簡単な作業)
それが
忘れもしない
平成9年2月14日 20歳
あの日から今日で10年が経過したんだ
独り部屋で眠るのが怖くて怖くて
部屋の電気を間違って消して出て行った看護婦に激怒したっけ。
下痢、嘔吐、発熱、
そして究極のストレスと戦った(たったの)3週間は
1ヶ月にも2ヶ月にも感じられ辛く長かった
こうして何気なく暮らしている今も
どこかの病院で移植をしようとしていたり
移植をしてる人が沢山いると思う
あの日のことを忘れることなく
延命中のこの命を大切にしよう
先に天国に行った沢山の仲間達の為にも
悔いの無い人生を送ろう
死を悟ったとき
素晴らしい人生だったと思えるように・・・・
****説明****
(*1)移植の日
(*2)身体の中のがん細胞が消滅し一時的に良くなった状態
(*3)国で認められる前の薬品。いわば人間モルモット状態
(*4)状態の良いときに動脈に針を刺し細胞を採取
顕微鏡検査で合格した優良細胞を移植
辛い日々
『 明日も明後日も明々後日も
今日のように生きていたいな 』
そんな風に思っていたのはかれこれ10年以上前のこと。
健常者になった今、
生きていることが当たり前になっていて
色々なことを忘れてしま っているような気がする。
明日自分は死んでいて
この世に存在していないかもしれないと考えていた頃の事を・・・
最近自分の身体が思うようにならなくて
期待しては・・・裏切られ・・・
これの繰り返しで
素直に物事が捉えられない、そんな捻じ曲がった自分がいます。
楽しいことばかりが人生じゃない!
辛いことを乗り越えるからこそ強くなれる。
私に与えられた『運命』を受け入れよう。
今の自分・・・・ ちょっと嫌
