今日もお立ち寄り有難うございます。
前回の拙いブログをリブログをして下さり有難うございます。
私と同じ体験をされた方もいらっしゃるかもしれません。
そんな方と思いを共有できましたら嬉しいです。
色々と考え事をしている間に、気が付いたらもう春真っ盛りとなっていました。今年も勿忘草が庭を明るく彩ってくれています。
でも、例年でしたら、この時期にはツツジが咲き始めている頃ですが、まだ蕾のままです。
先日、長女が「帯状疱疹で夜眠れない」とラインで辛さを訴えてきました。
そして、ご近所のおじいさんも帯状疱疹でシャツも着ることが出来ないでいるとのこと。お年寄りに多く発症しているみたいで、私にも早めにワクチンを打って対処した方が良いと…
私は「ワクチンは逆に副作用が怖い」「コロナワクチンの被害者が多く出ている」と、返しました。
そうすると、どういう訳か私に対して「お母さんは歳も歳だからどうなっても自己責任で済むからいいよね」と。
この言葉にはカチンときました。
長女曰く、「子供にワクチン接種させないで、接種しなかった子供が苦しむのを沢山見てきて、親の責任も問われるからね」と。
要するに、長女はコロナワクチン接種を警戒して打たなかった私を「無責任」と言いたかったみたいな感じでした。
私自身はコロナワクチン接種についてどうしても疑惑を拭い去れなく
「今回の1回のみならず、2回、3回と何度も打たされる可能性がある。何回も打たなければならないワクチンなら効果がないというい意味で、むしろ体に害が生じる」
と最初からコロナワクチン接種については素直に打つ気になれなかったのです。
ですが、「打つ、打たない」は個人の意思で決めることですので、子供たちにも「打たないように…」とは一言も注意したりしていませんでした。
それなのに、長女のこの言いようは本当にムカつきました。
長女は私に対して「万年反抗期」でして、長女に頼まれて孫たちの子守をしていても、何が気に入らないのかダメ出しばかりしてきました。そのくせ、ずっと私を頼ってきました。
私は長女の「サンドバッグ」役を今も続けています。
夫のサンドバッグ役を続けながら、時々長女のサンドバッグも受け続けている私…時々逃げ出したいけど…それもままならず…。
長女があまりにも反ワクチン派に対してのバカにした態度が気になり…YouTubeで調べてみたら…
ギョッ! そういえばニュースで最近「帯状疱疹が流行っている」と言っていたけど。
近所のおじいさんもおそらくコロナワクチンを接種しているはず。
コロナワクチンは、人間の自然に備わっている免疫を弱らせるとも聞いたことがある…
つまり、長女も近所のおじいさんも…接種で自分の免疫を弱らせて、帯状疱疹になったのか?
これはその可能性があると思いましたが、長女にそのことを伝えたらさらに強烈なパンチが返ってきそうで黙っておくことにしました。
長女の言っていたように自己責任の問題ですから…私は余計なことは言わないことにしました。
それにしても、私には「早く病院へ行け」としつこく言うのに、自分はなかなか病院へ行かない。帯状疱疹と思ったらすぐに病院で診てもらった方がいいのでは?と思うのですが…
これは夫も同じ。親子で似た者同士だなと思いました。
それにしても、コロナ禍にある4年間…私はずっと夫に、コロナワクチンを接種しないことを攻めたてられていました。
「ニャンコがワクチン接種しないでいると、仕事先で俺の顔が立たない!」…と。何度も何度も…毎日、毎日…
なんで、私がジジイの顔を立てるために、自分の体を犠牲にしなくちゃあならんのだ!
「じゃあ、もし私が副作用で寝たきりにでもなったら、あなたは私の介護と猫達の世話をしてくれるの?」
と聞いたら…
夫「……」
もう、夫の反応は分かっていたんですけどね…さすがにショックでした。
でも、何年か前に夫が私に
「ニャンコは俺と猫とどっちが大切なんだ?」
と聞いてきた時に、
私は「……」
答えられませんでした。
夫は「おい!、どうして黙っているんだ?俺より猫の方が大事なのか?」
やはり、私は答えられませんでした。嘘でもいいから「あなたの方が大切」とは口が裂けても言えませんでした。だから相子ですね。
しかし…夫はコロナ禍の時に「前立腺癌」の手術をし、今度は「腎臓癌」の手術。
5回もコロナワクチン接種していたら、免疫も下がっているよね…
でも、考えないことにしました。
ワクチン信者にとって、このように関連付けられるのは気分が悪いものですからね。
これは我が家では封印しておくべき話なのかもしれません。
その方がサンドバッグにならないで済みますからね。
さて、次女の「在留資格認定許可申請」にも、黄色いアラートが鳴ってきました。
行政書士さんの話ですと…
「在留資格認定」で日本に入ってきて、日本の健康保険を使って日本の医療を受けている外国人、生活保護を申請している外国人が多くなっていることへの入管の警戒心があるので、審査が長引く可能性があるとのこと。
おそらく、「ガーナ人が日本の医療を受けながら、日本の生活保護費を出せ」と役所を裁判に訴えたことで、さらに入管も神経質になっているのかも…と思いました。
外国人の不法難民申請や裁判には左というか活動家が裏で動いているので、国や役所はさらに防衛を張ってくるのだと感じました。
実際、この件を千葉日報のニュースで支援をしている弁護士の名前が分かりましたので、その弁護士事務所のHPで活動を調べて…点と点を結んでみたら…なんと「チュチェ思想研究会」と関係していることが判りました。
極左活動家のせいで、我が娘の帰国が長引くことになるのかと心配やら腹立たしさを感じました。
そうなると、しびれを切らした次女が、在留資格認定の許可が下りる前に日本に戻ってきた場合、またアメリカへ戻ってVISAの取り直しをしなければならなくなる可能性があります。その時にはもう、次女の帰れる部屋はありません。
どうする!?
そこで、行政書士さんが次女が一日も早く日本に帰って来られるように「嘆願書」を出すことを提案されました。
私はまた長女に「勝手なことをするな!」と怒られるかも知れないけど、次女にとって最善の方法はそうするしかないと思いました。
その後、長女から「嘆願書なら私でも書ける」と。そして「余計なお金を使う必要はない」とも。
以前にも、私は長女に「この度の費用は私が払うから心配しないで」とも言ったのですが…
そもそも「嘆願書の書き方」も知らない人間がどうしてそのような自信があるのか理解できません。
本来なら「引受人」の夫が作成すべき嘆願書ですが、元来夫は文章を書くのが苦手で、会社の文章や手紙も私が代筆していたくらいなのですから。 そして…夫はワードが出来ないというか、PC自体が使えない。
そこで、次女の今までのプロフィールやアメリカ生活、病気のこと、色々なことを行政書士さんに伝えて行政書士さんと母親の私との共同作業で作成することにしました。
しかし…私は自分で分かったことですが…
次女のアメリカでの生活のことは殆ど把握していなかったことです。
婿殿との出会いと結婚までは何となくわかっていましたが、どこの学校を出てどこの会社に勤務していたのかは知りませんでした。むしろ気にしていませんでした。 大人になった次女がどこで何をしようが、犯罪がらみな事に関係しなければそれで良しと思っていたからです。
そこで、次女に電話で色々次女のアメリカでの生活を聞いてみました。
そこで、驚きを隠せないことを知ることになりました。
次女が「自殺未遂」をした頃のこと。
日本の入管に添付するために、次女に自分がかかっていた精神病院の「診断書」を入手するように指示しました。
そうしたら、「診断書はないけど病歴ならある」ということで入手しました。
ギョッ! 読めない! ミミズが這っているような医師の文字…これは、ネイティブのアメリア人でさえ読めないとのこと。
これでは入管からハネラレル!
そこで、私は別の個所、つまりタイプで打った箇所にレ点で記されている部分を翻訳することにしました。
その作業で、次女の病気の様子が徐々に分かってきました。
翻訳した文章は赤字で書き足しました。
その中でも、私の胸を突き刺さる箇所が…
「心理状態――不安や恐怖の影響を強く受けており、他人が常に自分を批判しているという妄想」
この個所を翻訳した時には…私には「その時期」が理解できました。
アメリカで大きな話題となったあの事件…
この会社のパイロットだった婿殿の家(次女夫婦の家)に、アメリカの報道陣が連日のように押しかけてきたのです。
操縦していたのは婿殿と親しい先輩パイロット。
それだけでもショックだった次女夫婦を、さらにマスメディアが押し寄せてくる。
私はその事件のことを知らずに、3月頃だったか…次女に電話を掛けても音沙汰無し。
スマホに掛けても、すでにスマホは契約解除されて、全く連絡が取れないでいました。
しつこく、家電のほうに掛けて、やっと次女が応対に出てくれました。
その時の次女は何やらソワソワしていて落ち着かない様子でした。
どうしてスマホを解約したのか?と聞いても「煩わしいから」と。
次女の様子は見えないんですけど、何か落ち着かない感じで、そっけない感じでした。
私はその時、次女に何があったのか? 不安がずっと残っていました。
それからすぐに世界はコロナ禍で「ロックダウン」。
そして…次女は睡眠薬を大量に服用したのでした。
私の中で空白だった時間が「嘆願書」に添付するために翻訳した「病歴」からはっきりと分かったのです。
私は頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けました。
やはり…あの時の不安は、そういうことだったんだ!
涙がとめどもなく溢れてきました。
もし、あの事故がなければ…次女は病気にもならずに婿殿と幸せに暮らしていたのかも知れない…
あの会社のプロモーションビデオで…一人のパイロットがヘリから降りてきた時、若い女性が長い髪をなびかせながら彼のところに駆け寄り、彼の首に両手を回して…熱いキスをしているシーンが写っていました。
あれ? パイロットは帽子を被っているので顔がよく分かりませんでしたが、白人男性だということが判りました。
そして、その彼に向って走り寄った女性は、アジア人の感じでした。
よ~~く見ると次女に瓜二つ。
な、なんと大胆な!
でも、分かります。成田空港でも娘は婿殿の姿を見つけるや否や婿殿に飛びついていたのです。
次女はいつでも婿殿に恋をしていたのです。
それが…こんな破局を迎えるとは…
それから、次女の通っていた大学の卒業証明書も用意することになりました。
ところが、
カレッジスクールの卒業証明書は次女の手元にあったのですが、州立大学の卒業証明書がみつかりません。
次女曰く、引っ越しの時にどうやら失くしてしまったようだ…ということでした。
私は、次女が二人で過ごした愛の巣から去る時には、卒業証明書のことまで頭が回らないほど気が動転していたのではないかと想像しました。
そこで、初めて次女の悲しい思いを感じ取ることが出来ました。
その夜
気晴らしにYouTubeで音楽を聴いてみようと思いました。
なんということか…そこで、今は亡きテレサ・テンの「つぐない」という曲が目に留まりました。
どんな内容の曲だったか思い出せませんでしたが…
なんだか、次女のことと重なるような歌詞だったので、私は次女の悲しく切ない女心を感じ取りました。
涙が溢れてきて…
お風呂に入り湯船の中で、思い切り泣きました。
できるものなら、二人の関係が元に戻って欲しい
でも、
覆水盆に返らず
最後までお読みくださいまして有難うございます。
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