おまえはそこで泣いてろ -12ページ目

おまえはそこで泣いてろ

ちゃんやぎへの手紙から
ブログタイトルをおまえはそこで泣いてろに変えました。
ちゃんやぎ大好きに対してではなく、
私自身をおまえと言っています。

どうも私はある人から

頭がおかしいと思われているようです。

それは私がイエスを神と信じていることでなのかなんなのかわかりませんが。

要するに私が自分のブログで

発信することが

気にくわないようなのです。

その方は別に変な人でもなんでもないですが、

私が神について書けば

人々を洗脳してると思っているのかも。

その人は何かを伝えたいようですが、

自分の言葉が人に通じないもどかしさを感じているようで、

それを、恐らく私に日本語が通じないと訴えられています。

でも私はそれはそれでいいと思います。


私が何を信じるのも自由

その人が何を信じるのも自由

人生は誰のものでもない。

その人のものです。

考え、選ぶ権利があります。

日本にすむ限りそれが許されている。

この環境に感謝して社会に恩返ししなければと思っています。

ただのアルバイトでも、私は自分の選んだ仕事で世界に貢献したいと思っています。


それから例え誰が私の気が狂っていると思おうがそれもいいと思います。


全てはあるもの。
なければならないもの。


別の人は私をとても評価するのですから。


今日も幸せな日を過ごしましょう。


物事をよく見れば単純なことがよくわかります。

私の心には主イエスキリストがおり、今日の空はよく晴れ、
そして幸せです。


今紛争地に行ってその人達の気持ちを味わえとその人は言いたいのかもしれません。


しかし私が戦争をしているわけではありませんし。


私がどうにかできるものでもありません。


もし本気でそう思っているなら、私はえらく評価されたものです。


私にできることは祈ることだけです。


どうぞご理解くださいね。


そして自分と合わないものとは、離れたほうがいいと思います。


こだわっても変えられませんし、ムカつくだけだと思います。


世界は広くていろいろあるのですから。ご自分の属する所で使命をまっとうするのがいいと思います。


あと、もうひとつ。


あまり一人で責任を感じるのは体に悪いですよ。


まだ若いから色々思うのでしょうが、


ゆっくりいきましょう。


あと、もしこのブログを閉鎖して欲しいと思うなら、部分的に応じますよ。


だからあんまり気にする必要もないですね。


ではまたね。





































「あなたは、ユダヤ人の王ですか」と尋ねた。イエスは答えて、「そのとおりです」と言われた。

その後イエス様は映画パッションで見られる通り十字架にかけられました。聖書にはその状況についてこのような記述があります。

「これはユダヤ人の王」と書いた札もイエスの頭上に掲げてあった。


ここでちょっと例に例えてみます。


例えばあなたのお父さんが、「あなたは○○の父ですか」と聞かれ「そのとおりです。」と言ったとしましょう。

そして日本なら昔なら獄門打ち首ですかね。

その首の前に「○○の父」と書かれた札がおかれたとしましょう。偽の父である場合を除いて、これは私の父ではありませんという子は親不孝かなと思います。


イエス・キリストは、主であり、馬ではなくロバに乗ったユダヤの王でした。


人とは恐ろしいものです。


しかし、その十字架とは、汚れなきイエスが人として死に、すべて信じる者の罪のみがわりとなり、人を浄めるための生け贄となったシンボルで、

私はそれについて

然り

という。

私はクリスチャンか?

然り、アーメン。


人はおそろしいか?


然り、アーメン。


しかし、主はその一人子をお与えになるほど世を愛された。

然り、アーメン。


私は人が好きです。


然り、アーメン。


今日もみんな、ありがとう。


私の心は溢れる感謝の気持ちで一杯です。


然り、アーメン。


全てはなければなりません。


然り、アーメン。








今日はもらい泣きをしました。

いいですね、シンプルに喜び

シンプルに生きる。

小さな幸せを心に刻んで

毎日を笑顔でやりきる。

戦争の無い日本で

笑顔が減るのは

求めすぎが原因じゃないのかな

シンプルでいいよ。

あれがいいとかこれがいいとか

そんなんじゃなく

あるもので

もう十分幸せ。

純粋無垢だったあの頃は

もう戻ってこないけど、

そんな時があったことに感謝

お金持ちにはならなかったけど

毎日ごはんが食べれて感謝

貧乏なくせに一生行けないと思ってたいろいろな所に運よく行けたことに感謝


病気がちなことにも感謝

この顔体に感謝

私を怒鳴りつけた人達に感謝

名前をあげだしたら終わらない友、上司、部下に感謝

罪あるものは主に繋がることは出来ない。

その罪を代わりに受けた

私の神イエス様に感謝

今に感謝

昨日にも明日にも感謝

この世の矛盾にも感謝

世界に感謝

宇宙に感謝

汚いものにも感謝

臭いものにも感謝

自分にも感謝

おわらない、、


ありがとう

それだけ

さあ、また明日も精一杯進もう











昔のこと


意識や言葉のない漠然とした自分の空間で

すべてが私の世界だと思っていました。




その頃の私には

区別する概念がなく、

自分はただ一つの広い世界に居ると思っていました。



玄関を開けるといつもの道があり、いつもの木々があり、

少し先へ行けば、世界につながっていると思っていました。



ところがいつしか

そこが日本で世界ではないと思うようになりました。

生きれば生きるほど世界は小さくなり

身動きすらできない程小さくなっていったのです。



へんなもんですね。

さなぎと同じ感覚でしょうか。



ずいぶん経って私は再び世界を感じるようになりました。

それはあの時と同じ意識も言葉もない空間でです。

風を感じるような、一体感を覚えるのです。

あの頃と同じように、

玄関を開けると

同じ道があり、木々があり、

少し先に行けば

自分の知っている只一つの広い世界に繋がっているように感じます。


へんですね。

なんなんでしょう。これって。











本日は入管法のセミナーに行っておりました。



日本へ入国する外国人はどんどん増えていますね。
外国人実習生はきっと夢を抱いて日本にやってくるのでしょう。
しかーし、日本は甘い国ではありません。

2012年のこと、私はある会社を“クビ”になりました。
勤怠は完璧、必死で頑張り、きっちりマニュアルを作り上げ、
その仕事が心から大好きでした。
しかし、“クビ”になりました。
理由は、“能力がない”でした。
最後の日私は“本当に申し訳ありませんでした”と言って会社を
去りました。

只々残念だと思いました。
その仕事が本当に好きだったので。
しかし仕事はしなければなりません。
退職の一週間前には次の会社に応募し、
退職日の次の日に面接へ。
即日で採用されました。

その次の会社で起こったことです。
入社して1週間後、
先輩にあたる人が“クビ”になったのです。
“能力がない”という理由で。

そういう時代なんですよね。今って。

だから、自分が能力が無いなどと考える必要はないということです。

あるところでは能力が無いといわれて、

あるところでは非常に能力が高いといわれたりするのです。

そうやって褒められたり馬鹿にされたりしても動揺することはありません。

これらの人事はひとえに会社のマネーに影響されているのですから。

リーマンショックのときには、

大企業で多くの優秀な社員さんたちがクビになりました。

その後立て直しができた人は幸運です。

大企業の優秀な社員さんたちでさえ、

安定した仕事をつかむことは難しいのです。

大波にも、小波にも、動揺せず、私は人生を進みます。

多少の汚さは身につけました。

日本に入国して働く皆様。

どうか、最後まで、我慢して、やり遂げてください。

心から応援しています。







Toeic教材、買うといって何か月たっただろう。
前回ブログ書いたのもいつだっただろう。
確認するのも面倒だけど、前回は桜の写真をアップしたからきっと4月頭だったんだと思う。
それはともかくやっと購入しました。
スーパーエルマーというやつです。
Toeic満点者がでるという教材で、その副教材(おまけ)として、このリーディング特効薬というのがついています。“特効薬”いい名前です。
あなたの頭にはお薬が必要ですよ。という意味ですね。
日本人的な読み方ではいつまでたっても900点台にはのりません。
SIM同時通訳方式とありますが、これは期待できそうです。
個人的な会話の場面で困ることはなくとも、通訳の現場にたつと、教育を受けたことのない私の頭は真っ白になります。聞いて理解して伝えている間に次のことを話されたら、絶対“むりむり”ってなります。
本気で無理です。
お値段は税込で約六万。高い!
私にとっては高い!
でも鍛えたい。中途半端な私の脳に喝を入れます。

ところで皆さん、

生きてたら、いやーなことっていっぱいありますよね。
でも年をとるとその、いやーなことって少しずつ減っていきます。
なぜかって、
いやーなことにもパターンがあるからです。
その、いやーなことは、前にもあったあの、いやーなことと一緒なことがふえてきます。
あの昔の、いやーなことに比べれば、
今のいやーなことなんか、まだまだ全然ましってことが増えてきます。
これ、年の功というのでしょうか。

日本にいる限り、とりあえず働きさえしていれば、
小さな幸せは手に入れられます。
いやーなことにさえ対処できるようになれば、
まあまあ穏やかな日々を過ごせ、
こうやってスーパーエルマーなんぞも勉強し楽しめる。
俗世にありながら、俗世から離れたように静かな心で
今日を楽しめる。

いやーなことは、心ひとつで、水のように流せる。
きれいすっきり流すには、過去の特別最悪ないやーなことを思い出すのが効果的で。
いともすっきり流れ去ります。
そのためにも、若いうちは、いやーなことを、とことん味わいましょう。

この世は見た目や、能力の高低、収入の高低、髪の毛の多少、んなもんで幸せが決まるような単純な世界ではありませんね。

面白い世界です。

心の豊かさは、人生修行からうまれるもので、

心を豊かにしましょうなどといえばそうなるものでもありません。

いやーなことが、実は一番自分を成長させるもの。

いやーなことは、自分を知るヒント。

いやーなことは、人の深みをつくるもの。

いやーなことは、解決するまで追いかけられる。

いやーなことは、自分がある限りついてくる。


そこまでは分かっていますが、

いやーなことって実はなんなんでしょうね。



今日は雨ですが、昨日の桜を見て

57577を詠みます。

かつて詠んだ覚えがありませんから人生初の一句です。






さあ、たしなみはござませんから、

おそらくつっこみどころまんさいなのでしょうが、

本人が楽しんでつくりましたので、それでよしとします。

この句のお返事もお待ちしております。(へへ)

でもすでにもう自分自身でつくっちゃったのがあるんですけどね。


雨風があり、明日以降はまた寒くなるとやら、

浪速のことは夢のまた夢ですね。


クルド人は世界一ダンスが上手い

そういったのは私ではなく、

クルド人の私のお友達です。




しぇまめ、しぇまめ、おまめ、おまめ、


すこし成長するとこうなります。




結婚式やお祝い事にも、しぇまめしぇまめ


レベルの差はありますが、ほとんどの人が基本のステップを知っています。

私が知る限りの、ダンスの血統は、

ブラジル人(リオのカーニバル)徳島県民(阿波踊り)クルド人です。

本場の阿波踊りもすさまじいよ。同じあほなら、おどらにゃ、そん、そん、と
夏の一番熱いときに、仕事を休んで朝から晩まで踊りつくし、県内各地からお殿様に喜んでもらうために市内に集結。なんせ、みんな、子供の時から練習するのですから、うまくなりますよ。
もうこれは、遺伝子レベルで踊りへの情熱を記憶してるんでしょうね。

そして、クルドのしぇまめ、このステップ、なんにでも応用が利きますね。
ちなみに私は踊れます。教わりました。

クルド人にプロポーズするなら、しぇまめをマスターしよう。

クルドの地は砂漠なんかじゃない、そういっていました。
本当にきれいなところなんだそうです。

あと、もうひとつ、チャイって飲んだことありますか?
日本で飲んだことのない紅茶の味でした。
おそらく、一生涯飲む紅茶の中で、あれ以上はないと思います。


本日は、先日買った本を読みつくした。



この本の読みどころは、山中伸弥教授の誘導多能性幹細胞の製造方法や、中村修二教授の窒素化合物半導体結晶膜の成長方法など、まず初心者が興味を持つような内容を簡潔明瞭に紹介しているところで、ES細胞とのからみだとか、日亜との特許についての裁判だとかがあげられており、読みながらにして特許法についても学べるという一冊です。
また注目すべき点として、この本の初版が2010年というところです。
要は、お二人がまだノーベル賞を受賞されてないときの記述ということ。
中村教授の四〇四特許(特許番号下三桁で略称)を巡っての地裁と高裁の判決内容等が載せられており、地裁はこの特許に対し600億の対価を認めました。請求額が200億であったため、その支払命令がなされましたが、高裁では、和解金としてなんとその10分の1の6億の対価が相当とするとの判決となり(実際は延滞損害金など含めた約8億)、今となってはどうだったのかなあと考えさせられたりもします。
iPS細胞についても理研のES細胞とのからみなどが登場し、去年の悲しい出来事なども思い出されるのです。
このES細胞がなければ遺伝子工学分野の発展はどんなに遅れたかを思うと、
死んだ彼がいたたまれないのです。
まあ、個人的にいろいろと空想科学的な思考をするうちに、
なぜでしょう、やっぱり音楽にたどり着いてしまいました。
この音楽絶対にみんな知っていると思います。



ロックも昔のことも知らないっていう人でも
この人が歌ったのはしってると思うよ。




ついでに最初に有人宇宙飛行を果たしたガガーリンについては
さまざまな逸話が残されているようで、その一部をどうぞウィキペディアより抜粋しました。

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ガガーリンの地球周回中の言葉として報道され、有名になったものとして「ここに神は見当たらない」というものがある。
ガガーリンが飛行中に「見回してみても神はいない」といったとされているが、記録にはその種の発言は一切残されていない。
しかしながら日本以外では、この言葉の方が「地球は青かった」よりも有名である。他に「私はまわりを見渡したが、神は見当たらなかった」という表現でもよく引き合いに出されている。


宇宙から帰還したガガーリンの歓迎パーティにロシア正教のモスクワ総主教アレクシー1世が列席しており、ガガーリンに尋ねた。
総主教「宇宙を飛んでいたとき、神の姿を見ただろうか。」ガガーリン「見えませんでした。」総主教「わが息子よ、神の姿が見えなかったことは自分の胸だけに収めておくように。」
しばらくしてフルシチョフがガガーリンに同じことを尋ねた。総主教との約束を思い出したガガーリンはさきほどとは違うことを答えた。
ガガーリン「見えました。」フルシチョフ「同志よ、神の姿が見えたことは誰にもいわないように。」(レーニン主義は宗教を否定している)

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ガガーリンが最後どうなったか知りたい方はどうぞご自分でお読みください

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%82%AC%E3%82%AC%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%B3

その他、円天とかどこかで聞いたことのある名前もでてきます。
ホリエモンや孫正義、菅直人、さまざまな人たちのおもしろいアイデアをみることができます。菅さんのお話も面白く、私は知りませんでしたが、彼はなんと弁理士でもあり、かつて旧司法試験に次ぐ難関といわれた試験に4度目にして合格しています。

それで興味を持ったので、今読もうと思ってる本は、知的財産管理技能検定3級本です。
まあ読むだけですが、これを読んだだけでも世の中の新技術や特許など、別視点を持って楽しむことができると思いますね。

うん、でもデビッドボウイは地球にいながらにして思考は宇宙まで行ったんだろうな。

本日は多くの方にとって、そして私自身にとっても、とても重要な日です。

お花を買い、お線香をあげます。

黙祷のあと、祈りをお捧げさせて頂きます。

お亡くなりなられた方々、

日ごとに苦しみが増している多くの被災者の方々、

震災を見た子供たち、

後遺症の残る方々、

復興の歪みの中で苦闘する方々、

その痛みを少しでも考えます。

恐ろしいほどの痛みです。

少しずつでも笑顔が戻ってくるよう、

お祈り致します。