天地正教=統一教会 | ちゃぬの裏韓国日記

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カルト統一教会と世界支配層との関係をあばく
(統一教会=世界平和統一家庭連合)

統一教会は、天地正教とは関係ないと言っているようですが、文教祖が指示して信者を使って運営・活動していたのですから、明らかに統一教会=天地正教です。
表向きは別団体のように装っていますが、れっきとした統一教会のダミー団体です。

「天地正教を使って伝道しろ」というみ言葉です。

<天地正教を中心とした日本の摂理>
『(日本で)八百万神といえばスケトウダラの頭の神ではなく、スケトウダラの尾の神です。 (笑)それは雑教民族です。これは唯一神を信じる立場から見れば、(日本は)すべて偶像崇拝のチャンピオンです。これがどのようにして、統一教会との連結されますか? 宗教的な側面では、結論がでません。(日本における)偶像世界の連中を収拾するためにです...。
天地正教、それは何ですか? 統一教会の話を聞いてみると、それはカイン的な日本を中心とした宗教です。統一教会はアベル的です。方法がありません。橋が必要です、橋が。
・・・日本人たちはどこがいいのか、そこ(神社)に行ってお願いすれば、すべて福を受けることができると考えているでしょう? だから天地正教を上手くやってみなさいと言いました。(笑)それはトリックではありません。だから先生は統一教会の教主(教祖)でありながらも...。
日本だけでなく、世界に宗教をいくらでも作ることができます。そのため、教主(教祖)たちなの中でも、最高の王座に座っているのが先生ではないかと思います。』

(「文鮮明先生み言葉選集198巻」より 統一教会人の道 1990年2月3日 韓国漢南洞公館)


『これから帰って宗族的メシアになりなさいと、棒で殴きのめすのです。君はどこから来ましたか? 日本から来ましたか? 何ですか? 天地正教? それをすべて1万2千個団編成していますか? (「はい、現在、先ず出来る人、3000名を今回やりました、40日間。そして、あと残りの3000名がその次に天地正教で入ってきた人ですが...」)ああ、いずれにせよ、天地正教全員するのです。なぜ1万2千個団すべて編成しないのですか? (「(信仰が)幼くて...」)幼くても放り込むのです。天国を作らなくてはいけません。』
(「文鮮明先生み言葉選集217巻」より 全米指導者会議での指示のみ言葉 1991年4月16日 米国・イーストガーデン)


<天地正教要員と、日本の中・高校生を重点的に教育しろ>
『そして現在、天地正教から観光に来ますが、済州島に来たそれらの人たちを教育することができる内容と一緒に72時間を標準として、まとめて観光できる計画を立てるようにしてください。 72時間以内に主な本土を経てトンネル見学し、ソウルを見物して、慶州、大邱、釜山だけ見せればいいのです。 72時間、3日間あれば十分にできるのです。このように済州島での教育だけ受けて帰ることができれば、多くの人を無尽蔵に引き込むことができるのです。
天地正教の要員たちを全部そうやって引き込まなければなりません。政府と折衝して、その道を連結しなければなりません。駄々をこねようが、どうしようが、政府と折衝して、その道だけ開けば、済州島を通して修練会を受けて帰ることができるのです。ですからどのようにしてでも折衝して、その道を開かなければなりません。そうすれば、もう人は無尽蔵に来ることができます。私たちの世一旅行社で計画して観光客を募集す​​れば、いくらでも教育することができるのです。』

(「文鮮明先生み言葉選集230巻」より 天の国の民をたくさん作れ 1992年4月15日 韓国漢南洞公館)

1992年からすでに済州島での修練会を計画していたようです。
このあと日本人女性信者16万人訪韓修練会(渡韓修)が始まります。

16万人訪韓修練会の目的はいろいろありますが、最大の目的は「献金=赤字企業の救済」です。
このとき相当、統一教会企業の経営が悪化していました。
(早い話、金儲けと伝道です)

『よく見れば、天は、統一教会を本当に愛していらっしゃいます。郭錠煥氏は、今年、何度も感じましたか。郭錠煥氏の言うとおりにやっていれば、すべて売っていたのです。一和もなくなり、統一産業もなくなっていたでしょう。お母様から誰もが、國進まで、「すぐに売らなければならない」と言いました。すべて私が抱えてきて売らなかったので残っているのです。そこ(一和)に、五千人が集まれる会館をつくることができず、十六万人の教育をすることができなければ、一和も何も、すべて逃げ出していたのです。』
(「真の御父母様の生涯路程11」より)





上記の動画をみれば天地正教と清平で行っていること(祈願書のお焚き上げ等)が酷似していることがわかります。
金孝南訓母は清平摂理を始めるまでの準備期間として1992年から1995年まで天地正教や他宗教でさまざまな方法(役事方法・按手・修練会・献金方法等)を学んだといいます。

『大母様が霊界に行かれて、すべての秘密を精誠をささげて知り尽くされたように、私も九二、九三、九四年までの三年間で、大母様が知られたことのすべてを地上で知らなければなりませんでした。
・・・とにかく、すべてのものを知らなければなりませんでした。九二年から九四年の間に、仏教のことも知らなければならなかったので、仏教に行って精誠もささげなければならず、ムーダン(シャーマン)がすることも知らなければならなかったので、ムーダンとともにしなければならず、キリスト教を知らなければならないので、キリスト教とともにしなければなりませんでした。』

(ファミリー1997年9月号 金孝南執事の証し)




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