昔も今も変わらない韓国人の金銭感覚 | ちゃぬの裏韓国日記

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カルト統一教会と世界支配層との関係をあばく
(統一教会=世界平和統一家庭連合)

■「借りたものは返したら損」「返したら負け」「他人のものは自分のもの」・・・それが韓国人クオリティ

昔も今も韓国人の金銭感覚は変わらないんだと、韓国に住んでいてつくづく感じます。
過去の日本統治下の相当数の韓国人は家賃を踏み倒しまくっていたようですが、現在の韓国人も同じようなものです。
税金滞納は、督促状が来て財産が差し押さえられなければ、放置です。
例として「自動車税」「交通違反の罰金」等。
廃車にするまで放置です。また、それも払いたくなければ、車を不法投棄・不法廃車します。
しかし最近、あまりにも税金滞納する者がいるので、政府が長期滞納者はナンバープレートを強制的に取り外し、乗車できないように法改正しました。
韓国人はすぐに自分の損にならなければ、先延ばししようとします。

ですから税金だろうが、借金だろうが、自分が今すぐ殺されたり、害を受けることがなければ支払わなくてもいいという感覚なのです。

そういう韓国人を相手にしていた昔の日本人も相当苦労したでしょう。
今よりももっと韓国人の文化水準が低いときでしたから。



<戦前の日本における韓国人の姿>

日本人はなぜ朝鮮人が嫌いか、差別されるには朝鮮人の方にもそれなりの原因がある、という筆者の論は決して間違っていないと思ふ。例えばあの有名な朝鮮人詩人の金素雲氏は、その自伝の中で次のように書いている。
・・・
 日本人所有の家を借りたなら、家賃は一切払わなくてもよいというのが、その当時(昭和の初期―筆者注)同胞の間では常識化していた風習だった。
 「お前らは国まで盗んでいったじゃないか。家賃ぐらい何だ!」
 ――こちらにはこんな腹があったが、引っかけられた日本人の側では恨み骨髄にならざるを得なかった。
家賃をもらうどころか5,6ヵ月分の家賃に当たる金を<立退料>という名目で払わなければならなかった。
こんなとき、その仲介の役割を果たすのが、いうなれば叔父の職分だった。
(同胞が集団居住する町には、こんなブローカーが必ず何人かいた)
 1,2年ただで住んでは<立退料>をせしめて家を空けてやることもあったが、時には引っ越した次の日に大家から立退料を取ってまた引っ越していく、そんな場合もあった。
 その立退料の半分ぐらいにあたる金が叔父のようなブローカーの懐に入ってくる。
もちろん
これは4,50年前の昔話ではあるが、こんなやり口がその後長い間い年月を通じて、大多数の日本人の生活感情の底に<チョーセンジン>を敬遠し蔑視する後遺症の種となったことも事実である。

(日本人はなぜ朝鮮人が嫌いか 中村粲 文武新論 平成5年7月10日)



<戦前の韓国人の実態(新聞見出し)>

『蛇を吊し煙で燻べ家主をいやがらせて立退料四万円余をせしめた/鮮人連の組織的恐喝』 大阪朝日 1926/11/14

『「借りた以上はおれのもの」/替玉を住せて立退料を/被害各方面に及ぶか(武庫郡精道村)』 神戸又新日報 1931/12/3

『僅か一ヶ月に四軒から立退料/ペテン師鮮人の凄腕/悪運つき芦屋署へ検挙』 神戸又新日報 1932/12/17

『悪鮮人の借家戦法/目指すは立退料/囮を使って巧みに家主泣かせ/同時に二組検挙さる』 神戸新聞 1932/8/31

『貸家へ無断で住み家具一切を薪に/立退料をうけ高架下を追はれた乱暴な韓国人十名(須磨)』 神戸又新日報 1930/10/22

『立退料目あてに借家を渡り歩く/内地人を手先に使った家主泣かせの鮮人』 大阪毎日 1928/10/4

『家賃を払はぬ鮮人に明渡し判決(飾磨郡津田村)』 神戸又新日報 1927/12/6

『封印を破って勝手に住み込む/家賃払はぬため明渡しを執行された男(飴行商)』 神戸又新日報 1929/8/23

『家賃を払はぬ鮮人追ひ出されて暴行/大挙して空家に押入る(林田)』 大阪毎日 1930/2/26

『家主泣かせの「糞小路」の鮮人長屋/家賃を払はず立退きにも応ぜぬ/市で善後策を協議(林田)』 大阪毎日 1934/7/26

『立退料目あてに借家を渡り歩く/内地人を手先に使った家主泣かせの鮮人』 大阪毎日 1928/10/4

『貸家へ無断で住み家具一切を薪に/立退料をうけ高架下を追はれた乱暴な韓国人十名(須磨)』 神戸又新日報 1930/10/22

『風采と巧言で偽り/鮮人の借家荒し/立退料取りの常習/湊川署に元兇検挙さる』 神戸新聞 1931/6/6

『家主泣かす悪鮮人の群/替玉使って家を借り、立退料を恐喝』 神戸新聞 1932/2/27

『立退料ばかり二千余円/鮮人を手先に使ふ/うるさい借家人(林田)』 神戸又新日報 1932/3/20

『悪辣な鮮人の家主泣かせ/新進会長が仲に入って立退料六千円を取る』 福岡日日 1926/12/2

『「借りた以上はおれのもの」/替玉を住せて立退料を/被害各方面に及ぶか(武庫郡精道村)』 神戸又新日報 1931/12/3



※初回更新日 2014-01-08 14:02:28



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