文教祖が考えたハイヒールの起源 | ちゃぬの裏韓国日記

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(統一教会=世界平和統一家庭連合)

■文教祖が考えたハイヒールの起源とは

『何故女はハイヒールを必要とするか。・・・西洋では毎日キスする。旦那さんがいた場合、奥から走って行ってキスするには背が小さいので、こういうようにかかとが上がるのが映画などで分かるだろう?だから、解決するための方便としてのハイヒールだ。それは理にかなっているから、笑いながらもどうにもならない。認めないといけない。』
(完成と解放 1992年4月11日 ソウル・リトルエンジェルス芸術会館)

文教祖は男女関係で発想。



ハイヒールの起源の説はいろいろありますが、ウィキペディアによると

◇紀元前400年前(今から2400年前)のアテネでは背を高く見せるためハイヒールが遊女間に流行し男性も履いていたという

◇1570年代 イタリアのヴェネチアで「チョピン」と言うハイヒール(厚底靴)が現れる

◇1600年代 フランスで町に溢れる汚物(糞尿)を踏む面積の少ない靴 ハイヒールが発明される

◇1800年代 ルイ15世のころ「ハイヒール」の名称となる


今のピンヒール型のハイヒールになったのはヨーロッパが起源のようです。


文教祖のハイヒールについての下記のように述べています。

『夫婦が何年も別れていて、プラットホームとか飛行場などで再会する時、旦那さんがさっと現れた場合には、奇麗に装ったその夫人は、汚いも何もあったものではない。旦那さんが軍服を着ていても、ほこりが付いていても、もうどうでもいい。走り寄ってキスして、首に抱えて両足を上げて。(笑い)それ以上の幸福はありません。何故女はハイヒールを必要とするか。西洋では毎晩毎晩キスをする。そのような西洋風俗に適しているから西洋でハイヒールが生まれてきた。(笑い)それ以外にどう説明するの? あんな危険な、針みたいに立っている、いかに危険なことか。
西洋では毎日キスする。旦那さんがいた場合、奥から走って行ってキスするには背が小さいので、こういうようにかかとが上がるのが映画などで分かるだろう?だから、解決するための方便としてのハイヒールだ。それは理にかなっているから、笑いながらもどうにもならない。認めないといけない。』

(完成と解放 1992年4月11日 ソウル・リトルエンジェルス芸術会館)

『背の高いアメリカの女たちが、更にハイヒールを履いて、そして身をかがめて小さな男にキスしている姿はあまりいいものではありませんね。理想的には小さな女が高いハイヒールを履いて、そして背伸びしながら背の高い男と抱き合う。これが理想的ですね。(はい)。(拍手) だから女性の皆さんが男性よりも背が高すぎる時は、愛の行動を示そうとするとちょっとおかしいわけです。女性は小さい方が可愛いのです。(笑い) 』
(第十八回神の日「祖国創建と神の日」1985年1月1日 ワールドミッションセンター)


ハイヒールの起源が糞尿などの汚物がすそに付かないように厚底にしたのが始まりだとか・・・・。

文教祖はハイヒールはキスために必要だと発想するところ、さすがモーセの幕屋の聖所・至聖所を男女の生殖器に置き換える思想の持ち主ならではです。

韓国は古代イスラエルと風習や歴史が酷似していると述べていますが、幕屋は聖所・至聖所のつくりが日本の神社そっくりだといいます。

韓国には神社はありませんから、幕屋の聖所・至聖所を別のものに置き換えるしかありません。



■神社はモーセの幕屋の構造とそっくり?

『日本の神社の構造は、旧約聖書にでてくるイスラエルの幕屋、神殿の構造に酷似しています。神社が拝殿と本殿に分かれているように、幕屋も聖所と至聖所に分かれている。(出エジプト)
イスラエルでは聖所に入れるのは祭司だけであり、神社でも拝殿に入れるのは神主のみである。神社では本殿に入るのは、特別な時だけであり、至聖所も同様。
イスラエルと同様に、日本の神道では、「偶像」がない。「狛犬」は信仰の対象ではありません。神社の本殿の中央には、鏡と剣、ペンダントがありますが、神道はそれらを彼らの神と考えていません神社において神は「見えない存在」として捉えられています。鏡や剣は偶像ではなく、見えない神が臨在する場所であることを知らしめるオブジェクトに過ぎません。
神社には入り口に狛犬が置かれていますが、古代イスラエルにも神殿や宮殿に獅子がおかれています。(列王記上10:19)古代日本には、もちろん、ライオンはいませんが、そう考えると神社の狛犬は驚くべきものです。
また、神社には手水舎と言われる、手と口を清める為の水場が置かれています。イスラエルでも同様に、幕屋の前の、洗盤の中に清めの水が置かれていました。(出エジプト30:17)日本の神社には「鳥居」があります。韓国や中国にはこのようなものはありません。
鳥居は主に「赤」ですが、これは出エジプト(12章)の過ぎ越しの際、門の2本の柱に羊の血を塗ったことを思い起こさせます。イスラエルでは、現在も過越しの祭りとして、これをお祝いしています。
また、「トリイ」はヘブライ語アラム方言で「門」のことです。
神社では聖所を注連縄(しめなわ)で囲む習慣がある。注連縄はロープに白い紙をはさみ周囲との境界を定める。モーセがシナイ山で十戒を受けたとき、民衆が山に近づかないように境界を定めた(出エジプト19:12)
注連縄にはさまれている白い紙は、ジグザグで、これはシナイ山における「稲妻」を思い起こさせる。
他の共通点は、神社がほとんどの山(イスラエルでは山は神聖な場所)にあること、東に入り口、西に至聖所、神殿がほとんど木で作られていると同様に、神社も木で作られていることなどです。』

(バイブルアンドゴスペル(神社と幕屋)より)
http://blogs.yahoo.co.jp/timothy3005/3596081.html