2013年6月中旬のプチ長野旅行記なり


  
牛に引かれて、木像に惹かれて 1 旅の理由




牛に引かれて善光寺参り」とは、
信濃4大伝説」らしい。(後の3つはなんじゃらほい?)




強欲で信仰心の薄いオババが、老人
ある日、川で洗濯をしていたら
その白い布が、通りかかった(?)牛の角に引っかかり、布
牛は布を引っさげてそのまま行ってしまう。うし
布が惜しいオババは牛を追いかけ40km。走る人
牛の姿がふっと消えたところが、あにはからんや、善光寺で。キラキラ


疲れ果てたオババは、

「やがて日も暮れる頃、どこからともなく一条の光明が差し、
その霊光の尊さに思わず跪いて菩提心を起こし、
一夜を金堂に篭って罪悪を詫び、家に帰って参りました。
これは布引観世音菩薩が牛に化して信心うすい老婆を善光寺阿弥陀如来の許に導いて教化したのでした。参照:「草笛」(。-人-。)

という。


その「布引観音」と呼ばれているのが、
長野は小諸(コモロ)にある釈尊寺(シャクソンジ)。


その後強欲オババは心を入れ替え、信心深い善良なオババになったかというと
人間一朝一夕にそううまくは行かないようで。f^_^;


「ある日のこと、ふと布引山を仰ぎ見ますと、岩角にあの布が吹付けられているではありませんか。

老婆は何とかして取り戻したいと思いましたが断崖絶壁で取るすべもありません。

一心不乱に念じているうち、布とともに石と化してしまったということです。石

布引山の断崖には今も白く布の形をした岩肌が眺められます。」 

とさ。


で、
学生の頃、
かなり粗削りな岩山を登ってようやく辿り着く釈尊寺(布引引観音)を訪れて以来、
布引観音が大好きになった。ラブラブ!


学生の頃は、岩肌に白い布の形がわかった気もした。(どうも記憶が曖昧だが)
地形が溶け込んでいる伝説って、いいよね♪


小諸は島崎藤村ゆかりの地。
懐古園もあるし、
千曲川も流れているし、
千曲川旅情などを口ずさんで蕎麦食べて濁り酒飲んで「遊子悲しむ」。
そりゃもう気持ちのよい地なのであった。



で、
もう14~15年前だろうか、
夫を連れて行ってみたことがある。


クロネコ?猫ちゃん4猫ちゃん5そのとき、
境内に辿り着くや
異様な臭いが鼻をついた。
それは境内を出るまで臭い続けた。(((( ;°Д°))))


狭い境内には野良らしい猫がうじゃうじゃ。黒猫neco*neco**
いつのまにこんなに猫の境内になったのやら?(°Д°;≡°Д°;)
こ、これは猫の糞の臭いなんだろうか?(((゜д゜;)))
た、たまらんっ! 息が出来ないっ!ドクロ
と私は眩暈したが、
夫はその臭いがさほど気にならないようで、
「そんなに臭い?」 と平気の平左。(←死語?)∑(-x-;)


私は息を止めつつ、さっさと一通りお参り(散策)してあせる
(境内そのものよりも、私は境内へ着くまでの岩山の参道が好きなのよさ。)
そそくさと撤退しようと本堂の前を通りかかったとき、
はっ!と目を奪われた。ビックリマーク


本堂の入り口の庇の下の両脇に、
まだ彫りたてのような白木の木像が置かれていて、
その正面向かって左側の彫刻が(確か仏像)
すんばらしかったのだ!( ゚-゚)( ゚ロ゚)(( ロ゚)゚((( ロ)~゚ ゚キラキラキラキラキラキラ
学生の時は気づかなかった
……というか、なかった、と思う。
つい最近彫られて、そこに置かれたばかりという感じ。キラキラ


ほぼ私と同じ位の背丈の、全体ぽってりと膨らみのある
白木の仏像。キラキラ
その表情のなんとも言えない美しさ、神々しさに、
私は息を飲んで見入った。目
なんだ、これは? と思った。恋の矢
仏像は数々見てきたが、こんなにハッとさせられたのは初めてだ。
彫り師の思いがそのまま詰まっているというか、
彫り出されているというか、
ただただ感動であった。:*:・( ̄∀ ̄)・:*:


木喰や円空、運慶などなど、どれも「いいねぇ!」「すごいねぇ!」と思うけれど、
布引観音のそれは、
もっと体内から発せられる感動だった。キラキラ


本堂の外の庇の下……つまり、屋外にただぽんと置かれているからには、
名もない彫り師の手による作品なのだろう……。汗


右側の木像も同じ素材で、同じ彫り師によって彫られたもののようにも見えるが、左の仏像ほどの感動は感じない。
とにかく左側のが素晴らしい!チョキ

こんな素晴らしい木像を、
どうしてこんな屋外に置いておくのか!?はてなマーク
もったいないことだ。
あぁ、素晴らしいねぇ。
目が放せないねぇ。
いつまでも眺めていたい!


と、思ったが、いかんせん、臭いっ! 境内が臭い!(><;)
息が出来ない!
(って、木像は息を飲んで見ていたのだが、限界というものがあるのだ。)

で、“布引き”ならぬ後ろ髪引かれながら、布引観音をとっとと出たのであった。DASH!


境内を出て、途中の岩に座って待っていたら、
ゆるりと見学してきた夫がやがて寺を出てきた。


そして、
臭かっただの、いや、そんなに臭くなかっただのあれこれ言い合った後、
それにしても、素晴らしい木像があったという話をしたら、
なんと、夫も私と同じ木像にまったく同じ感動を覚えて、Σ(・ω・ノ)ノ!
全く同じ感想(左側の素晴らしい木像をなぜあんなところに置いておくのか?)を持っていたのだった。え゛!


2人の人間がなんの先入観もなく、
別々に見て、
布引観音の中で一番の感動としてあげた木像。アップ
つまり、誰が見ても感動してしまう木像だ!


当時、デジカメなど存在せず、
なんでも写真に撮っておく習慣もなかったので、
ついその木像を写真に収めずに帰ってきてしまった。しょぼん

そのことが、何年経っても悔やまれた。ガックリ
なんとか、あの仏像の感動がなんだったのか、
あの仏像は誰が彫ったのか、
いつか確かめに行こう! 
と思ってきた。グー


あぁ、
本堂入り口の庇の下、左側に置かれていた白木の新品の仏像!
あんなところにおいてあっては、木像は風雨に晒され傷むことであろう。
もったいない……(ノ_・。)
と、長年気になってきた。



で、
この6月、
私の誕生日に休みをずらせた夫が、
プチ旅行に付き合ってくれるというので、
とうとう“あの仏像を確かめにいく旅行”として、
小諸へ赴いたのであった。グー



あの木彫りの仏像にまた会える!
ドキドキワクワクであった。ドキドキラブラブ!ドキドキ
(ただ心配なのは、もう相当風雨に晒されて傷んでいるのではないか……ということだけ。)

          長いので、つづく