2001年夫婦世界旅行のつづきです。8月半ばのバレンシア3日目。闘牛観戦中です。




part240 闘牛② 真打ち登場!




要約: (牛はピンクのマタドールにいたずらに走らされ、馬上のピカドールに“ほどほどに”槍で突き刺される。)そして、“格上”のマタドールがさらに牛を“ちょい刺し”して、やっと真打のマタドールが登場するのだった。
















ピカドール(鉄の鎧に守られた馬上の騎士)の槍で“適度に”傷つけられた牛は、しばらくの間、避難所から出てきたピンクのマタドールに引きつけられ、血を流しながらさらに走らされ、消耗していく。




その間にピカドールは余裕で退場。そして次はピンクのマタドールよりは“格上”らしいマタドールが2、3人登場し、いよいよ牛を刺しにかかるのだった。かさ




 ピカドールの長槍とは違って、破魔矢ほどの長さの中振りの矢のような刀(?)をそれぞれが数本持っている。柄の所には一面、手品の道具のように派手な飾りがついている。いきなり花が咲いたステッキのようでもある。インテリアにもなりそうな刀だ。




 それを一度に1人2本ずつ、牛とすれ違いざまに、牛の背に突き刺していく。牛の背には合計6~8本ほど刀が突き刺さる。




 一度に1本しか刺せなければ、これまた観客からブーイングを食らう。牛から逃げて刺しそこなったりしたら、ブーイングは一際激しい。




 牛はさんざん走り回され、馬上から槍でグリグリ背を抉(えぐ)られ、またも走り回された上に、数本の刀を背中に突き立てられるわけだ。この頃には、その背は血で真っ赤だ。




牛の真っ黒い背中は、先ほどまでは濡れているようにしか見えなかったが、いまや黒い背中が血の色で真っ赤に染まっているのがはっきり見て取れる。脇腹も流れ落ちる血で染まっている。砂にボタボタと血が滴る。牛に、もはや闘牛場に走りこんできた当初の元気はない。「突進」も長続きはしない。




(このパターンが多かったが、これはちょっと傷め過ぎのパターンだと思う。血もさほど出ておらず、牛もまだかなり元気に走り回る状態で、真打ち登場! のパターンが一番見応えがあった。




もしかしたら、真打ちのマタドールから、どのくらい傷めておくか、予めリクエストが出ているのではないだろうか……とつい邪推してしまう。)




ここまで来て、ようやく真打登場となるのであった。真打は一段と華やかな衣装に赤い布と剣を携えて、颯爽と登場してくる。キラキラ




ピンクのマタドールが小柄でずんぐりむっくりした者が多いのに対して、真打マタドールはすらりと長身。衣装は肌に吸い付くようにぴっちりとその身を覆い、マタドールのしなやかな筋肉の線をむっちりと描き出す。お尻がぷりぷりして見える。




この真打ちに牛を向かわせるタイミングもなかなか難しいようだ。ピンクのマタドールの隠れた技の見せ所――しかし、誰にも称えられない見せ所――なのかもしれない。




「さぁ、来い!」と待ち受けている真打ちにうまくバトンタッチできず、ずっと牛に付きまとわれてしまうピンクのマタドールもいた。彼は、早く真打ちに牛を向かわせなければ……と焦るのだろう。その焦りが牛にも分かるのか、牛は余計そのマタドールにつきまとい、真打ちのマタドールなど見向きもしない。




真打ちも「こっちだぞ」と赤い布を振って見せるが、牛はなぜかピンクのマタドールにご執心。牛に見向きもされないで砂場に立っているマタドールは滑稽ですらあった。




逆に、真打ちのマタドールが観客に余裕を見せて挨拶などしているところに牛を差し向けてしまっては、まだ闘う体勢も整っていない真打ちを危険に晒すことになってしまう。実に、ここはなかなかタイミングの難しいところだ。




 ビロードで出来ているのだろうか。真打ちのマタドールの真紅の布は、ピンクの薄っぺらい布と違って、明らかに上質の素材だ。重すぎず軽すぎず、マタドールの腕の動きに合わせてふぅわり、さっ、さぁ~と舞ってみせる。




緋色に誘われるのか、牛は今一度全身の力を振り絞って、マタドールへ突っかかっていく。しかし、最初の頃の突進とは比べようもない。




それでも手負いの牛は恐ろしいものだろう。タイミングがずれれば、どんなに弱った牛にだって、人間の方がやられるのではないだろうか。鋭く尖った角で突き上げるように突進してくる牛に、真っ正面から立ち向かうマタドールはやはり勇敢なものなのだろう。




真打ちのマタドールは牛を手玉に取る。牛にぴったりと寄り添ってみせたりする。マタドールが広げた赤い布に牛は馬鹿みたく吸い込まれていくかに見える。もしかしたら、それこそがマタドールの技なのかもしれない。




「牛は赤い色を見るとそれに向かって突進する」ものと思っていたが、どうやらそうではなく、牛は赤い色を見ると単に興奮するだけなのではないだろうか。




牛は赤い布をひらひらされると、布の方ではなく、まさにマタドール目掛けて突き進むのだった。が、上手いマタドールは紙一重の差でさっと避け、牛に赤い布を潜らせる。だから、牛が赤い布目掛けて突進したように見えるのだ。




 ひとしきりマタドールと牛との踊るがごとき「格闘」の後、「遊びは終わりだ」とばかりにマタドールが姿勢を整える。牛から少し距離を取って、マタドールの長い剣が「行くぞ!」とばかりに構えられる。場内は「いよいよだ」という期待に満ち、緊張して一瞬静まる感じだ。




私の横のおっさんなどは「固唾を飲んで見守る」という言い回しを絵に描いたようだった。ごくり……。いよいよだぞ。さぁ、うまくやれよ? と心の中で唱えていたに違いない。




観客の期待を一身に背負って、マタドールが剣を振りかざす。牛が突進してくるところを、すわっ、すれすれに避けて、すれ違いざま、牛の“急所”を一撃! 





すれ違いざま振り下ろされた刀が、すっと牛の背中と頭の間辺りに深々と入ったように見える。牛とマタドールは互いに背を向けて立ち止まる。マタドールがさっと牛を振り返る。牛は背を向けたまま立っている。




闘牛場全体が息を飲む。「やった」のか……? と、次の瞬間、ドゥと牛が倒れる。どっと拍手喝采だ。




なんだか剣士の決闘シーンを思い出させる。切られてから倒れるまでの一瞬の間が、似ている。




しかし、真打ちの剣がずぶりと牛の背に刺し込まれたからといって、牛が即死することは少ないようだ。大抵の場合、瀕死の牛はよろけつつも立ち上がり、なおも戦闘態勢を取るのであった。




と、そこに、またもやピンクのマタドールがわらわらと登場してきて、もはやろくに動けなくなった牛を取り囲み、右から左からピンクの布を煽りつけ、牛をその場でぐるぐる回らせる。




牛は力突き、とうとうドドゥと地に倒れ伏す。すると、マタドールの1人が小ぶりのナイフのようなものを片手に牛に近づき、倒れている牛の脳天にドスッと突き刺す。牛はぴくっと脚を震わせて、今度こそ4本の脚を伸ばし切って横倒しに動かなくなる。




これで牛は“お終い”である。観客席からの拍手を受けながら、脳天にナイフを突き刺したマタドールが、そのナイフで牛の頭をひとしきりグリグリさせて、ようやく脳天からナイフを引き抜く。ナイフについた牛の血を牛の頭にこすり付けて拭う。




一旦どこかへ引っ込んだ真打ちのマタドールがすぐ再び登場し、観客席に高々と手をあげて再び観客の大拍手に応える。




マタドールたちがすべて柵扉の中に退場し拍手が鳴り止む。と、今度は大きな柵扉が開き、鈴をつけた無骨な馬が3頭並んで、鈴をギシャンギシャン鳴らしながら入場してくる。




灰色の制服を着た男たちも2、3人出てきて、縄で死んだ牛の脚を縛り、鈴付きの馬にその縄を結び付ける。馬に牛を引かせるのだ。




ギシャンシャンシャン。馬は鈴音も重たく、牛を見せて回るように闘牛場内を弧を描きながら軽く走る。牛は死してなお引きずり回されるわけだ。 




――なぜそこまでするのだ、みんな。楽しいか? ――ガーン




“鈴馬”が入ってきた柵扉は大きく開かれたままになっている。扉の奥はコンクリートの通路になっているようだが、日陰になっているのか真っ暗な洞窟のように見える。




その“真っ暗な洞窟”の正面辺りまでくると、馬たちはそこに向かって体勢を整え静止する。鈴が鳴り止む。




そして、今度は一転、灰色の男が馬に拍車をかけるや、ドドドドド……。馬も灰色の男たちも牛の死体も、みな一斉に柵扉の暗い“洞窟”の中へと疾走していった。




と、同時に楽団の曲が軽快に始まり、「さわやかなショー」の幕切れを示すのだった。




ジャシャンシャンシャンシャッ……激しく鳴り響いた鈴の音と、ズザザザザァ……牛の亡骸が重たげに引きずられていく音がやたらと耳に残る。




彼らの姿はあっという間に“洞窟”の中に消え、柵扉は閉じられ、後には血に汚れ踏み荒らされた砂の舞台がしんと残っている。砂煙がまだ立ち上がっている。




牛の葬送までが一連のショーなのだ。死んでいった牛に対してなのか、「ショー」に対してなのか、会場からひとしきり拍手が起こった。




これが闘牛か……。ガーン




しばらくして、砂場に掃除夫が現れる。血を吸い込んだどす黒い砂を帚で掃き取り、踏み荒らされた砂を平たい板棒で平らに均(なら)していく。丁度相撲の土俵を掃き清めるシーンに似ている。




掃除夫が立ち去ると、また次の「ショー」が始まるのであった。シラー





           つづく


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