2001年夫婦世界旅行のつづきです。8月初旬、夏真っ盛り。マドリッドから深夜バスに乗り込み、翌朝リスボンのどこだかのバスターミナルに到着しました。





part195 引越し! 満員! 汚い! 高い! リスボア





要約: ポルトガルのリスボンに着いたはいいが、現在地がわからず戸惑う。とりあえず両替。街の中心地へ移動。そして、宿探し。休暇シーズンのリスボンで、宿探しはこれまでのどの国よりもしんどかった。












腕時計の針は朝7時を指している。 ……ということは、ポルトガル時間では1時間戻って朝6時。リスボンに到着。





8時間のバスの旅で、スペインのマドリッドからポルトガルのリスボンにやってきた。マドリッドで夕陽を眺め、次の朝陽をリスボンで浴びたわけだ。そう思うと真横から射掛けてくるような眩しい朝陽も格別だ。





バスから荷物を引きずり出し、担ぐ気力も体力もないまま、ずるずると安全な場所まで荷物をずらし、ようやく初めての街で伸びをする。初秋のようにひんやりとした朝の空気が気持ちよい。





さて、朝の空気がおいしいのはよいが、ここはどこだ? アスファルトで整えられたターミナル。コンクリートの壁。味も素っ気もないビルが少々。辺りを見回しても、特別「街の中心地」とも見えない。





降車したところにはこじんまりした待合室があったが、ベンチが数基並んでいるだけ。インフォメーションセンターも、シティマップもない。「メトロはあちら」なんて案内板もない。全く情報収拾ができず、街の中心にどう行ってよいものやらとんと分からない。





……やっぱりね。マドリッドのユーロラインズバスオフィスの人にバスがどこに着くのか尋ねた時、「バスはリスボンの街の中心地に止まるから大丈夫! 」と言われたが、例によっていい加減な慰めであったことよ。





我々の手持ちのガイドブックの地図にはユーロラインズバスの到着場所が載っていないので、いったいここがどこなのか掴めない。これでは動くに動けない。 ……って、荷物が重いので下手に動きたくないだけなのだが。





取りあえず、待合室で一休み。すると、同じバスに乗り合わせていた日本人旅行者が3人、やはりベンチで休んでいた。そのうちの一人旅の男の子 ――「男の子」といっても20代後半くらいなのだが、こちらが疲れているときは20代30代の人が若く見えて仕方ない―― の持っているガイドブックの地図にはその隅の方にバスの駅が記載されており、ようやく現在地が把握できたのだった。





メトロの駅もすぐ傍だと分かった。まだ休んでいくという青年たちに別れを告げ、我々は早速メトロに乗って中心地まで移動することにした。新しい街に着いたら、まずは中心地へ! だ。





夫がメトロの駅に設置されていたオモチャのようなATMを見つけ、とりあえず30,000Escエスクード(16,800円)現地通貨を引き出す。率のよい両替屋を物色している余裕もない。オモチャのようだろうが何だろうが、日曜の早朝でも両替できるのはありがたい。





リスボンのメトロ(メトロポリターノMetropolitano)は4種類の路線しかなくてわかりやすく、乗りやすい。一律100エスクード(56円)という安さも嬉しい。お得なカルネや一日乗り放題の券もあったが、我々はリスボンに長居はできないので、とりあえず片道切符で、街の中心地ロシオRossioを目指した。





メトロは朝という時間帯のせいもあるのだろうが、特に危険な雰囲気もない。通勤ラッシュなどというものもなさそうな、適度に空いる列車に乗り込み、何の問題もなくロシオ駅で降りる。順調過ぎて物足りないくらいだ。う~ん。この調子ならリスボンは「楽勝」か?





( 「楽勝」というのも変な話だが、新しい街に着くと、どことなくその街に勝負を挑むような気分になる。その街を自分の中でいかに手懐けるかが問われる感じ。旅は常に自分への挑戦である部分があるから、そう感じるのかもしれない。)





地上に出ると、なるほど、街の中心地って感じだ。石畳の広場、そこかしこに延びている石畳の路地、びっしり並んでいる歴史のありそうな石の建造物。まだ朝早くさほどの人出はないけれど、早々にカフェで憩う人々。そこかしこにざわめきと活気がある。確かに「中心地」だ。





広場近くの情報センターⓘが開くのを待って、まずは街の地図を手に入れた。どこに行っても英語の地図が手に入るのはありがたい。(日本語だったらもっとありがたいのに……。) 





その地図は「LISBOA CITY MAP」と銘打たれていた。英語のガイドブック(『ロンリープラネット』)ではリスボンは「LISBON」となっているのだから、この地名の所だけ、敢えて英語表記をはずして「リスボア」としているわけだ。どうやら「リスボン」はこちらでは「リスボア」と言うらしい。





リスボアがなぜ、どこでリスボンになってしまったのかしら? リスボンの方が音としてかわいい気はするが。





さて、地図は手に入れた。お次は宿探しだ。 ……これが、苦労した! 





狙っていた宿の入っている建物はすぐ見つかった。コンクリートでできた古臭い安っぽいビルだ。今にも崩壊しそうだが、ちゃんとエレベーターが付いていた。が、そのエレベーターの使い方がわからない! 





壁に付いているボタンを押しても、エレベーターはウンともスンとも言わない。鉄格子の向こうに見えてはいるが、エレベーターのドアは開かない。手前の鉄格子も動かない。





白い丸いボタンは押すたびにキュプキュプ言うが、それだけだ。合点承知! とばかりに点灯したりもしない。接触が悪いのだろうか? ……どうやって乗り込むのだろう? ひょっとして壊れているのか? 





階段もあるにはあったが、狭くて薄暗く、バックパックを背負って上っていく気にもなれない。





エレベーターの前でしばらく首をひねっていると、いきなりヴィ~ン、ガゴゴゴ……と鈍い音を立て、何かが作動し始めた。え? 今はボタンを押していなかったのに、なぜ? 





階上でガッコン、ギッシャン痛々しい音がしている。と、ヴィ~ン、ガドドドドゥン。またもや唸りを上げるエレベーター。お、お、お、お? と見守っていると、ンーギギギと鉄格子の向こうのドアが開き、ギシャコガシャコと鉄格子を軋らせて、エレベーターの中から女の人が出てきた。





動くじゃないか。使えているじゃないか。しかし、このエレベーターは建物の中からだけ使うことができる仕組みなのか? いや、そんなことはなかろう? 





とにかく、ドアが開いている今がチャンス! とばかり、女の人と入れ違いにエレベーターに乗り込む。ヴィ~ン、ガゴゴゴゴッとまたもや鈍い音を立ててエレベーターは今にも落下しそうな危うさで上がっていった。





ガックン! 昇りかけたエレベーターが力尽きたように止まった。え……? 故障か? いやいや、目指す階に着いただけだった。まったく、ひやひやするぜ。





ガキッ! あちゃーっ! 今度はエレベーターのドアが開かない!? ……なんて心配は杞憂に過ぎなかった。立て付けの悪い襖のようなぎこちなさで、エレベーターの重いドアは開いた。まったく、はらはらするぜ。





さて、エレベーターを降りると目の前に宿はあった。 が、様子がおかしい。玄関のドアに紙が張り出されている。なになに? 「改装中」で「引っ越しました」!? 今度こそ、あちゃーっ! だ。こんなことは始めてだ。





幸い、引っ越した先でも宿を経営していると、引越し先が記してあった。歩いていけそうな所なので、気を取り直し、引越し先まで行ってみた。





あった、あった。同じ宿の名前でちゃんと経営しているよ。わーい。わーい。来た甲斐があったよ。 ……え? ……もう満室? 明日も? 明後日も? 予約でいっぱい? あちゃーっ。





しかたない。またも気を取り直して、他の手頃な宿を見繕う。しかし、折りも折り、ハイシーズンということで、どの宿もかなり高い。そのくせ、かなり汚くて狭く、排水の悪い部屋ばかり。





感じのいい宿は軒並み「満員」だ。今日は日曜日なので、翌日月曜から仕事が始まる客がこぞって帰ると思ったのだが、全然見当違いだったようだ。こちらの人はロングバケーションを取るので、「日曜日には宿が空く」という日本人的発想は通用しないようだ。





ある宿で部屋を見せてもらったら、まだ部屋の掃除にかかる前で、部屋は強盗が入った後のようにひっくり返っていた。前の晩に泊まった客が使ったままになっていたのだ。テーブルは食べ物カスで汚れ、ベッドのシーツもぐしゃぐしゃで半分床にずり落ちている。バスタオルもゴミも空き瓶も薄汚い床に散乱していた。





使用済みのタオルはシャワールームに、ベッドのシーツはきちんと直して部屋を出て行く我々にとって、アンビリーバボーな去り具合。こんな部屋の使い方をして、恥ずかしくないのか? ……恥ずかしくないんだろうなぁ。欧米人の世界には「立つ鳥後を濁さず」という美しい諺はないのであろうか。なさそうだなぁ。君たち、もっと自然から学びたまえ、だ。





こんな乱暴な部屋の使い方をした客の後に入るのは嫌だなぁ。だが、贅沢は言っていられない。部屋の汚れはよいとして、肝心なのはトイレだ。トイレがちゃんとしていさえすれば、たいていのことは耐えられる。





トイレはどこですか? こっち? どれどれ? ずぉぉぉおぅっ! トイレが、流していないじゃないかっ! うげげげげっ! 疲労の色濃いいわゆるひとつのお小水が、いやいや、ビールを飲み過ぎたのであろうお小水が、鮮やかなような鈍いようないわゆるひとつの毒々しい黄色い液体となって、いわゆるひとつの独特な臭気を放って、溜まっているじゃないか。流しておけよぉ! 





それともここのトイレのフラッシュが壊れているのか? 流さなかったのではなく、流れなかったのか? 





部屋を案内してくれた宿の人に尋ねると、彼女は汚物の流れていないトイレなどものともせず、「流れますよぉ。」と私を押しのけてフラッシュのボタンを引いてみせた。しょぽぽぽっぽっ……。ささやかな音を立て、かすかに便器の中に水が多少増えた? が、何も流れ去らない。 ……詰まっているのか? 「いいえぇ。詰まってませんよ。大丈夫。流れます。」 って、……嘘付き。





次の安宿では、丁度宿の主人が外出しているらしく、ルームメイクをしているおばさんが対応してくれた。いわゆる「おっかさん」タイプの丸々太った温かそうなおばさんなのだが、英語もフランス語も全く通じないので困った。





片言のポルトガル語を並べてみても全然通じない。かくなる上は『旅のポルトガル語』だ。「宿泊編」のページを開き、「ダブルの部屋はありますか?」「一泊いくらですか?」などのフレーズを見せてみる。





しかし、活字が小さすぎるのか、おばさんの目にはよく読み取れないようだ。 (もしかしたら、文字が読めなかったのかもしれない。ああ、だめだめ、とすぐに本から顔をそむけてしまったから。) おばさんは困ったように笑って、肩をすくめるばかり。





あぐあぐ目を白黒させ喉をひくつかせて、なんとか意思疎通を図ろうとする私を、愉快そうに気の毒そうに眺めては、身振り手振りでなんとか説明しようとしてくれるが、埒があかない。





こんなところでじたばたしている間に他のもっとまともな宿が埋まってしまう! こりゃダメだと思ったら、とっとと次の宿を探しにいくしかない。言葉も通じないまま引きとめようとするおばさんを振り切るように、次の宿へと向かったのだった。





バスターミナルに到着したときは涼しいほどに澄んで感じられた空気が、埃っぽく濁ってきた。いつの間にか太陽は頭の上でぎらぎらと音を立てているじゃないか。太陽が本調子で輝き始めるや、街全体がキャラメルのようにグニャリと溶け始めた。なんじゃ、この暑さは!?





気違いじみた暑さになってきた。日陰に入れば、風も涼しく、心地よいのだが、それでも石畳みが煮えたぎった銅鏡のようにギラギラと陽射しを照り返し、まぶしくてまともに目が開けていられない。日向に5分もいたら、目玉焼きができてしまいそうなくらい脳天が熱くなってしまう。オゾンホールがまさしくここリスボアの上空にできているのではないか? と真剣に考えてしまう。





石畳の照り返しに目を痛めつけられながらさらに安宿を何軒か周った。結局ろくな宿が残っていないことがわかっただけだった。中心地を離れれば、もう少しましな宿があるだろうが、やはり交通の便のよい、中心地にある安宿で手を打つことにした。





そこは水周りの排水が悪く、洗面所は使いものにならなかった。そのくせ我々にはとんと縁のない、用法も目的も分からない「ビデbidet」なるものはどんと置かれていて、狭いバスルームを更に狭くしていた。とにかく辛うじてトイレが流れるのと、リネン類が清潔なのが救いだ。




つづく


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