ちょっと前にNHKで「天才すぎる障害」を持つ人のドキュメンタリーを見ましてん。
複雑な計算を一瞬でこなしてしまったり
分厚い専門書を数十分で読み、一生忘れない、とか
PCにしたらメモリ幾つなの?っていう障害の話。
イギリスの、その障害を持つ主人公が(彼は障害を持ちつつも社会と適応している稀な人物である)アメリカをはじめ、同じ障害を持つ人を訪ねるという話。
「レインマン」という映画のモデルになった人物が出てきたので、
今夜はその映画を見ておりました。

才能は秀でていて、だから故に社会に適応できない。

最近思うけど
健常者(って言っていい?)の世界っていうのも
かなり暴力的かつ自己中心的な理解の世界で動いてるよなってこと。

「あの人は変」「変わってる」と
適応できない人をドロップアウトさせていったら、
最後には、「健常者」とか「社会適応者」の定義も崩れていくんじゃない?と
酔っ払いは思うのですよ~
個性って、あるので
(最近仕事場でも触れている名前なのですが)
「幸福論」て、人それぞれですね~

みんな違って、みんないい(金子みすづ)の精神で
easy go でやっていきやしょう。

最近のできごとも含め
ちょっと思いました。