私は、松本清張の小説に魅力を感じる一人である。彼の小説への主題は常に「下から目線」であることがまず好感を持てる。庶民感覚から見れば、「庶民は慎ましく暮らしているのに、お金持ちや社会的地位のある者が悪事をすること」を潔しとしない点が読者の共感を呼ぶのであろう。

 

彼の主題視点にはいくつかの傾向をみる。まず、「鉄道・時刻表」への視点から主題を展開する作品がある。昭和のブルートレイン「あさかぜ」を起点とする「点と線」、在来東海道本線東京駅15番線ホームなどという表現は今は幻であり、新幹線のホームの番号になっている。

 

富士の樹海を背景にし、新宿駅と東京駅との間に繰り広げられる青年検事と実業家夫人との許されない悲恋を描いた「波の塔」等の作品は鉄道抜きには考えられない。

 

また、彼の小説には「砂の器」に代表される「哀しみを秘めた人間の愛」を主題にしたものもあり、これは音楽で言えばショパンの哀しみに似ていると私は思う。

 

また、「落差」や「真贋の森」のように大学社会や政治を背景にした人間の世俗欲をテーマにした作品もある。この二作品にも歪んだ男女の愛の変節が描かれているのである。「人間とはかくも世俗にまみれた哀しい生き物であるのか」というこの主題もまた、最後まで故郷を愛し続けたショパンに通じる普遍の愛を感じさせるものである。

 

学歴に恵まれなかった清張であるが故に辛辣に純粋に読者に訴えかける姿勢には心うたれるものがあり、「上に立つ者はいかに自らの身を処していくべきか」という社会的問いかけも極めて強烈に私の心を打つのである。