FOR   HIROKI  ep12  H危うしっ(中篇) | ちゃんのブログ

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書かれていることは事実を元にしたフィクションです

Jが選んだのは新宿の京王プラザでビジネス客も多く、ここならば商談と言っても言い訳がきく。

チェックインをすませたJから時間差をつけて別のエレベーターで部屋に来い、と言われてHはしばらくロビーで新聞を読んだりして過ごした。

 高速のエレベーターが15階まであっという間にHを運び、指定された部屋のチャイムを押した。Jはすばやくドアを開けた。

 ツインの部屋は殺風景でJは鞄から資料を取り出し窓際のテーブルで仕事をしていたようだった。PCが稼働していてHの顔を見ると電源をオフにした。

 風呂入ってくるわ、本当にHがここに来るのか疑心暗鬼だったのだろう。部屋までとってバスローブのまま待ちぼうけはごめんだぜ、とJの独り言がきこえてきそうだった。

 シャワーの音が続いている。見るともなしに広がった資料を見ると確かにHに持ってきた仕事は嘘ではなく、世代職種を越えた服というコンセプトのグラビアの外枠がわかってきた。

「いい感じだろう」中途半端な丈の白いバスローブに着替えたJが絵コンテに見入っているHの向こうに立っていた。

「シャワー使えよ」ほいっという感じで備え付けのバスローブを投げて寄越した。

「シャワーの勢いがイマイチなんだよね、ここ」髭まで丁寧に剃ったJからはアフターシェイブの匂いがした。

シャワーのあとで、備え付けの歯ブラシで丁寧に歯を磨いた。Jが封を切った歯ブラシも洗面台の隅に置かれていた。

ほんとうにあの男の言いなりになっていいものか、と出の悪いシャワーに苛立ちながら考えてみた。これまで幾度も同じことがあり、そのたびに頑として彼らの誘いを断ってきたもののなぜか今回だけはホテルまでついてきてしまった。

有名雑誌に出ることをちらつかせて誘ったJもまさかやすやすとHがのってくるとは思わなかったのだろう。「いいですよ」カウンターで残り少なくなったグラスの中身を眺めながら頷いたHの返事に誰あろうJ自身が一番驚いていた。

身体を拭いたバスタオルを腰に巻いて曇った鏡を手で拭う。Hの胸は痩せてはいるがそれなりに筋肉がありあれだけ食べたのに若い肉体はもうすでにエネルギーに昇華してしまったかのようで腹は平たく垂直だった。

冷たい水で顔を洗うとHはバスルームのドアを開けた。

Nはベッドのへりに腰掛けバスルームから出てきて所在無げにしているHを自分の隣に座らせた。「緊張しなくていいから」Hの肩をNが引き寄せる。Hが見下ろしてしまうほど小柄なJが今は主導権を握って文字通りの男だった。

Jの舌がHの中に入ってきた。生暖かい舌の感触がHの口腔に広がる。Jの欲望は屹立したそれからもよくわかった。



Hは所属していた部活動の新入部員の勧誘のため、ステージに立った。3年のレギュラーメンバーの先輩たちは中学生とは思えないくらい、背が高く当時150センチのHには見上げるほどだった。「Hお前女みたいだから、女役やれ」第二次性徴の兆しもないHは制服のズボンさえ履いていなかったら女の子に間違われてしまいそうなほど、かわいらしかった。名前をもじって「ヒロコちゃん」とからかわれるのが嫌で背が伸びるよ、と言われて入部したバスケ部でも一向に背は伸びず、髭が生えたり声変わりをしたり日々成長して男っぽくなる同級生を横目で見ながらどうしてもアーチで負けてしまう分正確なシュートを決めなければ、と遅くまで体育館に残って自主練をした。

「バスケのできる人って素敵」先輩が用意した脚本でHが体をくねらせて台詞をいうと会場はどっとウケた。

H、お前かわいいな」「つきあいたいよ」男子校でほかに比較する対象もいなかったせいだろうが、Hのかわいこちゃんぶりはしばらく学校で有名だった。

土曜日の練習の後、Hは一人残ってシュートの練習をしていた。先輩たちのようになかなか100%で決めるのは難しい。2、3度ボールをドリブルしてから今度こそ、とシュートしようとしたその時である。弧を描いたボールを勢いよく掴み一つドリブルをしてから鮮やかにネットに入れたのはバスケ部の主将で中心人物のN先輩その人だった。

「お前、ヘタだな」「わかってます、才能ないの」「才能じゃねえよ、よく見ろよ」

Hは身体が硬くバネがないのだ、とNは言う。手首の柔らかさもポイントなのだ、といかに自分シュートの仕方とHのやり方が違うのかというのを事細かに説明した。Nのような全国レベルのレギュラーと万年補欠がやっとの自分が正規の部活動の時間に直接練習できることなどまずあり得ない。どうした風の吹き回しかといぶかしつつ、Nの指導一つ一つが的を得ていてやみくもに練習していたのがばかばかしく思えるほど、シュートの命中率が上がっていった。

「お前は素直だな。言われた通りする」Nもだいぶ汗をかいていた。Hは練習用のウエアだったが先輩は制服のワイシャツで汗が背中に張り付いていた。そうだ、今日の午後は3年生の進路指導日でNはそのために学校に来ているのだった。Hの学校は中高一貫校でよほど成績が悪くないかぎり全員が付属の高校に進学する。指導日というのは名目上で先輩はなにか別件で学校にきているのだろうと思った。