ある知り合いが「結構いいから見た方がいいよ」と言ってくれた「侍タイムスリッパ―」をアマプラで見た。
割と良かった。
ほぼ事前情報なしで見たせいか、映画中盤の「中オチ」、そして最後の「締めオチ」も単純に楽しめた。
と思ってたら、テレビドラマで現代の看護師が戦時中にタイムスリップしたら…みたいなドラマが今日流れるらしい。
いやまぁ、いいんだけど、「現代の●●が過去の×✕時代にタイムスリップしたら」あるいはその逆、っていうような一定の「タイムスリップ」もののドラマって、後を絶たないね?
漫才師がタイムスリップして特攻隊員になったらとか、家族が家ごと戦時中にタイムスリップしたらとか、現代の若者が戦国時代にタイムスリップして信長の家臣になったらとか、自衛隊一個小隊が戦国時代にタイムスリップしたらとか…。
ひとことで言えば、ストーリーを作りやすいんだよね。
そんな、「時代の違う人々が現れた」という事だけで、事件が起こるからね。
そもそも家ごとタイムスリップって、その前はその土地に何があったのか(そこが空き地でなければ家ごとスリップできるはずもない)、あるいはそんな大きな物体がいきなり空間に表れて質量保存の法則は保たれるのか、といった、どう考えても荒唐無稽な設定も、「タイムスリップ」一言で勝手に成り立たせてしまったりする。
私はSF小説が好きだったから、たとえば「バックトゥザフューチャー」のように、ちゃんとデロリアン型タイムマシンを科学者に作らせて、それを科学的(風)なロジックでもって時間旅行させる、というのは好きだし、まだ許せる。
でも、「雷に打たれて」とか、「地震に巻き込まれて」とか、「えっ、それで時間軸がどうずれて、時空を飛び越えてしまうのか」という疑問すら湧いてしまう「お気楽条件」で、簡単に時間旅行が出来てしまう、というのは、無責任かつ安易だと思う。
本格的なSF小説というのは今も市民権を得ているかどうかはアヤシイけれど、こういうちょっとSF設定をお借りしました的な小説やドラマは簡単に、本当にいとも簡単に量産されていく。
「侍タイムスリッパー」の話に戻るけど、これは本が面白いし、よく作られているので許す。
中身がよく練られたドラマというのはいいね。
一人一人の登場人物に味がある。
それに比べたら一昨日終わったNHKの朝ドラは稀に見る凡作だった。
「おむすび」というが、全く味のしない無味乾燥なおにぎりだった。
どうやったら誰一人登場人物に共感できない、あんなクソ作品が作れるのだろう。
