結婚する時・・・夫のおばあさんが寝ついていたので・・
荷物に喪服を入れるのは、待ち構えるようでよくないと、私は喪服を持ちませんでした
1年ほどして、おばあさんが亡くなった日 私は妊婦でした
夫の実家では…妊婦は忌事に立ち会わせない風習で
黒っぽいマタニティーで裏の手伝いに終始しました
その後も・・・私の子供にまつわるお祝い気分の中で、喪服を納めるのはどか・・・と そうこうするうち、義父が亡くなりました 急を聞き駆けつけてそのまま葬儀・・・となったので、私の両親が喪服を持って追いかけてきてくれ・・・そしてそれが私のたんすに収まりました すべて母の仕立てです
ひとくちに喪服といっても 袷、夏もの、単衣、それぞれの襦袢 羽織 雨コート
ひとそろえは・・・かなりの枚数になります
これに加え、通夜着 これも、袷、夏もの、単衣 帯と小物も真っ黒の喪服とは区別があります
妹二人は、母の仕立てたそれらを持って嫁入りしましたが・・・着た姿を見たことはありません
何度も書いていますが・・・このあたりでは、以前は通夜に黒は着ませんでした
色とりどりがいい、と、されることもあって 親族は、赤でもピンクでも 嫁入りの時の色無地を着るのが普通でした 鮫小紋が多かったです
参列者は黒っぽい平服 そこで、大島に黒羽織、というのが普通でした
でも、時代が変わって・・・そういう色物はちょっと…という風潮ができて
モスグリーンや紫などの寒色系の鮫小紋や無地のふくれ織りをそれ用に着るようになった時期が・・・20年ほど前かな
この頃は・・・喪主や喪主の妻も洋装がほとんど たまに着物を見かけても、黒喪服一色・・・先日かなり大きな葬儀に出かけましたが・・喪主の奥様は黒喪服 それでも帯が・・・通夜用、葬儀用と分けられていました

今日の私
お召の単 法事帯 小物もそれ用のものです
親が用意してくれた、単衣の通夜着は明るい紫のふくれ織りです
でも、その紫すら・・・なぜ色物を?と、いちいち人に聞かれるようになり
これは自分で仕立てたものです
今日の喪主は弁護士で だから、それなりのお宅なのだけど
親族ですら着物は皆無 黒一色の礼装でした
ボーイスカウト関係者がひと握り、制服でしたので・・・会場中が真っ黒・・・という事態は免れて・・・ほっと・・・
私はこれからも着物で・・・と思っていますが
参列者の立場で黒喪服はどうにも落ち着かないのです
市内のボーイスカウト関係のお通夜ではときどき『れい子先生』をみかけます
辛子色の結城 地味な泥大島 に、黒の羽織・・・が、先生の通夜着です
単の時期は グレーか紺のお召
夏はグレーの麻 お気づきかな? やわらか物は着ないのです 先生は・・・それは、親族のもの・・・と言われます
草履も真っ黒は履きません いつも
『こんな時なんだが…私はあんたの着方が好きだ・・・』と、言ってくださいます
私も 『先生がお手本ですよ・・』と、にっこり
決まって
『いつの間に、おかしなことになったんじゃ? 真っ黒はあかん 待ってたようだし 吊るしで間に合わせているようだし・・・』
でも・・・今日、着物は一人 今日も一人・・・
変わった人・・・で通すには覚悟が必要になってきました