朝、実家に電話をすると、母の様子がおかしいので、様子を見に出かけました
我が家と実家は5分の距離です
 
母は、父がボケてしまった・・・というのです
同じテレビばかり繰り返し見ている
(それしか放送していないということが母にはわからないのです)
落ち込んだ様子で反応がない
 
私が間に入って、いろいろ話しているうちに、眼が覚めてくる。。。そんなイメージで二人とも 『まとも』 になってきたのですが・・・
 
 
父は事の重大さに落ち込んだり、恐怖からふさいでいるのです
一日中ほとんどテレビの番人のような父  見ていると落ち込む・・・とは言えテレビから離れられない   見続けていると恐怖が増大して固まってしまう
普段番組を時計代わりにしているので、散歩も何もきっかけが分からない
それで何もできずに、ただテレビを見てブツブツ言っています
母は、なんて言うんだろう、ことが大きすぎてわからない?  そんな感じです
 
私が若いころ長い入院生活を送った時、高齢の入院患者さんに共通していたのは、テレビ好き
しかも、単純な話    
水戸黄門のようにはっきりしているもの  プロレス、相撲と言った勝ち負けがはっきりするもの
体が弱ってくると、こうなんだなぁと感じたものですが
 
地震以来、再放送のドラマなど、気軽にお年寄りが見られる番組がないんです
子供たちや、若い人たちは、DVDを借りまくっているようですが・・・お年寄りはそうもいきません
 
改めて番組表を見ると・・・報道番組がほとんどで、地方局が一部バラエティーを流しているようです  全国で、テレビがとにかく楽しみ・・・という毎日を送っているお年寄りはすごく多いと思うんです  その人たちの多くはきっと父のように困惑しきっているのだろうな・・・思わぬ影響です
こういった年代の人たちは、昔の台風だったり、戦争だったり・・・忘れていた恐怖をまた呼び覚ましてしまうんです  ただ、楽しみ事がない・・といった単純なことではありません
 
 
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郵便局へ振り込みに行ったら、向かいの畑で梅が満開でした
東北の春はこれからだったのに・・・と、何につけ関連付けてしまいます
 
いつも民放FMを聞いているカーラジオも、今は報道が気になるのでNHKにしています
今日は、普段の番組構成で、普段のパーソナリティーが、情報提供をしながら、励ましのお便りを読んだり、気分が明るくなる音楽を流したりしていました
リスナーからは、この声を聞いてほっとした   とか  報道100%で、情報だけが流れるより聞きやすい・・といったメールなどがたくさん寄せられたようです
テレビももう少し見やすく、工夫できないものかな・・・同じ気の毒なシーンを何度も流すのはどうだろう・・・そんなことを思いました
 
真之介のドッグフードが切れたので、ホームセンターへ
ニュースでは見ていましたが、本当に・・・あれもこれもの売り切れなんですね
これだけ被災地から離れてもこんなんだから、周辺は大変な様相でしょう
オイルショックの時のトイレットペーパー騒ぎを思い出しました
 
   必要以上に家庭がモノを貯め込み始めると、モノが行き渡らなくなる
 
今は被災地が必要とするものを日本中からかき集めてでも送ってあげたい時期です
水、乾電池、ラジオ・・・普段の生活が壊されていない人たちが買い込むのは控えたいことです
 
実家へ行くのに、母の好きな久留米を着ました
母は知らんぷりでしたが、父がすごく喜んでくれました
 
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わたしの帰り際、母が招待券を出して・・・
 
母の知り合いの呉服店で、いま、松枝哲也展をやっています
見てこれば?   というので気分じゃない・・・と答えるとむくれられてしまいました
普段でも高嶺の花  お店じゃなく工芸展などで、代金を気にせず見たいな、と思います
 
私に今できること
と、言うよりしなくてはならないことは
 
買い込みをしないことと、両親への気配りだな・・・実家からの帰り道、そう思いました