今日は、私が仕事をしている中で感じたことを書こうと思います。
わたしは、在宅医療専門のクリニックで
看護師として働いています。
在宅での患者さんは、
元気な方から、老衰やがん末期で
人生の最期をご自宅で迎えようとされる方まで、
さまざまな方と時間を過ごします。
先日、ある病院で行われた
患者さんの退院前カンファレンスへ出席しました。
その患者さんは、
長年たくさんの疾患をかかえられており、
今回、がんの再発が見つかり入院されていました。
カンファレンスに出席した時には、
すでに入院から数週間が経過しており、
事前に聞いていた情報よりもADLは低下していました。
私自身の感覚では、
「あと数日から数週間かもしれない」
そんな印象を受けました。
患者さん本人もご家族も、
「最期は家で過ごしたい」
という強い想いを持たれていました。
私は、
まだ少しでも自分で動けるうちに、
何か少しでも“やりたいこと”ができるうちに、
ご自宅へ戻られた方がいいのではないかと考えていました。
その方は、
備品の整理や、しておきたいことがあると話されていました。
一方で、
主治医から余命が短いことを伝えられ、
ショックを隠せない様子も見受けられました。
そこで退院日についての話になり、
病院側の看護師さんとも
「明日退院できないだろうか」
と意見が一致し、提案しました。
ですが、
いくつかの問題点が見つかり、
退院日は翌週へ延期となりました。
カンファレンスに出席していた
訪問看護の所長さんは、
経験も豊富な方でしたが、
順を追って計画的に進めたいタイプの方でした。
そのため、
私たちの意見はすぐに難しいという方向になりました。
私は、
自分の感じたことをその場で伝えたい気持ちもありました。
ですが、
患者さん本人やご家族がいる前で、
どう伝えればいいのかわからず、
躊躇しているうちに
カンファレンスは終わってしまいました。
その後は、
「どうか退院の日まで、もってほしい」
ただそれだけを願いながら過ごしていました。
ですが、
私の勘は的中してしまい、
患者さんは翌日に永眠されました。
その報告を聞いた時、
本当に無念で、
言葉になりませんでした。
「あの時、言えていたら…」
その気持ちばかりが、
何度も頭の中を巡りました。
悔しさと、
言えなかった自分への情けなさで、
いっぱいになりました。
そして、今回の出来事を通して、
改めて感じたことがあります。
私たちは、
患者さんの「これから」を支える立場であると同時に、
その人の最期の時間や選択に、
深く関わる仕事をしているということです。
もし、
あの時の提案が通っていたら。
患者さんは、
数時間でもご自宅で過ごせたかもしれない。
「家に帰ってきた」
動けなくても、その感覚を身体で味わえたかもしれない。
たったひとつの選択が、
その人の最期の時間を大きく変えることがある。
私たちは、
その重大な選択を提案する役割にあるのだと、
今回改めて痛感しました。
そして、
在宅医療は決して個人プレーではできません。
医師、看護師、訪問看護、ケアマネジャー、
たくさんの職種が関わりながら、
一人の患者さんについて考えていきます。
だからこそ、
日頃からの何気ない関わりやコミュニケーションが、
意見の伝えやすさや、
提案のしやすさにも繋がっていくのだと感じました。
たくさんの人たちと、
ひとりの患者さんについて考える。
その積み重ねが、
患者さんやご家族に合った選択や関わり方を
生み出していくのだと思います。
もちろん、
どんな選択にも良い・悪いはありません。
その時、
患者さんやご家族、
関わる医療者が、
一生懸命考えて決めている。
それでも、
「あの時こうしていたら」
そう思わずにはいられない出来事があります。
今回の経験は、
私にとってとても大きな学びになりました。
患者さんの想いを、
もっと丁寧に受け取り、
もっと大切にできる自分でありたい。
そう強く感じた出来事でした。
自分に戻る、小さな余白の時間🌿
今日のあなたも100点満点💮です。
Instagramでも、
日々感じたことや、
こころの余白につながる言葉を発信しています🕊️🌷
よかったら遊びにきてくださいね😌
▶︎ https://www.instagram.com/cocochi.2525/


