~冬~

 

 

 

顔を蹴られて目覚めると、真横に大股を広げて眠るチャンミンがいた。

 

 

かさかさに乾ききった鼻をくすぐった。

 

 

チャンミンの鼻がもぞり、とうごめき、次いで「ぶちゅん」とくしゃみをした。

 

 

私はチャンミンのくしゃみをする寸前の表情が好きなのだ。

 

 

「ぶっ」と音がした。

 

 

チャンミンのおならだ。

 

 

この子はおじさんみたいなのだ。

 

 

もうしばらく寝かしておこう。

 

 

半身だけ起き上がり、うーんと伸びをしてカーテンを開けた。

 

 

「あ...」

 

 

窓の外の景色を見るなり、私は眠ったままチャンミンを抱き上げた。

 

 

「チャンミン、起きて!」

 

 

窓を開け放ち、チャンミンに外の景色を見せてあげた。

 

 

「初雪...」

 

 

チャンミンの鼻に粉雪が舞い落ちるなり、瞬時に消えていった。

 

 

 

 

雪はたった一日でどっさり降った。

 

 

年が明けてからのこの日の雪は、2か月分をとり戻すかのような降り方だった。

 

 

丸3日眠りこけてしまい、目覚めて外を見てびっくり...それくらいどっさり降った。

 

 

ユノさんが仕事を休むなんて余程辛いのだろう。

(この2年間、ユノさんは欠勤したことがない)

 

 

昨夜から今にいたるまで、洗面の為以外は部屋にひっこんだままだった。

 

 

私は朝からユノさんのお世話に張り切っていた。

 

 

チャンミンも何かお手伝いをしたいのだけど、実際は何もできず、そんな自分が悔しくて、私の後をついて回っている。

 

 

卵を落としてとろとろに炊いたお粥をお盆にのせ、ユノさんの寝室のドアをノックした。

 

 

ユノさんはげほげほ咳きこみながら身体を起こそうとするから、私はそれを押しとどめた。

 

 

「買い物に行けていないね。

食べるものはちゃんとある?」

 

 

「だ~いじょうぶ。

缶詰もジャガイモも何でもいっぱいあるよ」

 

 

事実、1週間閉じ込められてもメニューと量に困らないくらい、食糧棚は充たされていた。

 

 

ユノさんは育ち盛りの私とチャンミンのために、他は切り詰めても食費だけは惜しまなかった。

 

 

「タミーは?

運動不足になっているから、寝ていたらたたき起こして外に出してあげてくれないか?」

 

 

「今チャンミンと散歩に行ってるよ」

 

 

「誕生日までに風邪を治さないとなぁ」と、ユノさんはガラガラ声で言った。


ユノさんの誕生日はにがつ

 

 

「そうだよ。

チョコレートケーキのレシピはばっちりだよ。

ラジオでやっていたの」

 

 

「プレゼントはお菓子のレシピ本にしようか?」

 

 

私は口をへの字にして、「嬉しいけど、それは嫌だ」と答えた。

 

 

何かこう...もっと華やかなもの、珍しくて、わあっと心躍るものがよかった。

 

 

実際のところ、私の誕生日は正確な日づけはよく分からない。

 

 

分かっているのは冬だということで、それならばと年が明けた日にしようとユノさんが決めたのだ。

 

 だからといって、誕生日を祝われることは好きじゃない。



年明けにやってきたチャンミンと、私の誕生日は、だいたい同じになる。

 

 

チャンミンが我が家にやってきてもうすぐ13ヶ月。

 

 

私は13歳になる。

 

 

そこに運命みたいなものを感じとった。

 

 

 

 

ラジオによると夜半に吹雪になるそうだ。

 

 

家が雪で埋もれてしまったら困る。

 

 

雪が降り止んでいる今のうちにと、私は防寒対策をばっちりした上で外に出た。

 

 

もちろん、チャンミンも一緒に。

 

 

チャンミンは、私がせっかく作った道を、前足を高速回転させて埋めていく。

 

 

チャンミンなりにお手伝いしているつもりなんだろうけど。

 

 

「チャンミン!

邪魔しないでよ!」

 

 

私も負けじと、スコップですくった雪をチャンミンに浴びせた。

 

 

チャンミンの口角は上がり、満面の笑顔に見えた。

 

 

白いまつ毛1本1本に雪片が乗り、すぐに溶けて雫になった。

 

 

「せっかくだから、裏口まで道を作ってあげよう!」

 

 

「僕もお手伝いします」

 

 

チャンミンがラッセル車となって作った小径を、私がスコップで太い道へと変えてゆく。

 

 

足元だけを見てせっせと、無心で雪をかき続けた。

 

 

裏口まで到達する頃には、喉はからから、お腹も空いていた。

 

 

「おやつの時間にしよう!」

 

 

「大賛成です!」

 

 

私はスコップを肩に背負い、こしらえたばかりの小径を前庭へと戻っていった。

 

 

「っ...!」

 

 

息を飲んだ。

 

 

ポーチの前に誰かいた。

 

 

配達員以外の不意打ちの訪問者に、まず驚いた。

 

 

ポーチの階段を上る様子のないことに不審に思った。

 

 

何かをしているのかすぐには分からなかった。

 

 

ポーチの柱に何かを貼りつけているところだった。

 

 

汚い言葉を羅列した紙だ。

 

 

季節の変わり目になると突如現れる、あれだ。

 

 

 チャンミンは頭を落とし、「くるるる」と喉を鳴らし始めた。

 

 

 

(つづく)

 

 

 

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2020年9月13日初投稿